『大日本史料』 10編 4 元亀元年2月~同年9月 p.606

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ニ勢ヲ入置レシカハ、誠ニ鳥ノ通ハカリナリ, 千也、家康被官一人にて越前衆三人〓てかひにして、しかも勝利をうる、, 五千人數、敵の淺井は三千なれは、はよたよはきを沙汰するに、信長衆十, 一人して敵淺井衆一人をせむる、家康は五千也、敵乃朝倉義景ぬ一萬五, 者共、初合戰によく仕る故、姉川合戰信長、家康かち壹る奇特、其手柄をは, に、家康手柄を仕り、大軍乃朝倉を斬くつす、家康下にくは小笠原家中の, 徳川家康かわさなり、縱信長、家康兩人同前之働也といふ共、信長え三萬, て越候、, 信長は十一人にく、敵一人に十町あまりをはれ候、家康なくては告くな, 五千乃人數、敵の淺井備前守三千にきりたくられ、十五町ほと逃たるに、, 去六月廿八日に、江州あ〓川合戰にも、信長三萬, 家康かは五千乃三河勢をもつて、淺井備前か同勢、一萬五千乃越前朝倉義, 景を斬崩候故、備前もくほれ候時、信長壹てなをし勝利を得たるか、悉皆, をす事ならすして、姉川合戰信長負なるへきと、美濃近江の侍とも書付, 去年夏、江州姉川にをひく、信長、家康勝利を得候事、信長えにけたる, 〔甲陽軍鑑〕, ○中, ○中, 十一, ○中, ○下, 略, 之下, 略, 略, 略, 信長家康, 兩軍ノ怯, 勇, 元龜元年六月二十八日, 六〇六

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  • ○中
  • 十一
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  • 之下

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  • 信長家康
  • 兩軍ノ怯

  • 元龜元年六月二十八日

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  • 六〇六

注記 (31)

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