『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.71

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舊壘ヲ修築セント欲シケレ〓、分内狹故、其北ハ山聳ヘ、東ハ海上渺々ト〓, 豆駿ヲ眼下ニ眺メ、西ハ郊原、金谷、日坂、小夜中山、諏訪原迄續キ見切ヨケレ, をよせられ、三川御發向留主乃事、駿河に武田上野助殿、駿河先方小身直, 百、氏政より差こさるゝ大藤く又の人數五百、合三千餘乾に指をりるゝ, 百騎六貫一疋つゝ乃侍大將衆十頭半分あとに人を殘し候へは、是千五, 故、家康も濱松に留守居三千をらるへきと乃はも初にて如此、さ候て懸, 參衆、乾天野宮内右衞門と一所に穴山殿を大將にして、信州定番乃千貫, 滿寺ニ城ヲ築ク、且相良ト勝間田ノ間瀧堺ト云地ニ握奇ヲ居ヘテ、此所ノ, 二十三日、信玄田中城ニ遷ル、, 藤に御褒美也、さて次の日ぬ高天神おもてを引あき給ひ、遠〓乾〓御馬, 二十四日、信玄遠州ノ地ニ入、大堰川ノ下流西ノ端ニ屯シ、其邊ヲ巡視シ、能, 仰は、始てあふたる敵乃をしつけを、武田侍に見せと初、心地よしとて内, 川乃城御順見あそはし、其上久野乃城御順見被成、信州伊奈へ御馬をよ, 〔武徳編年集成〕十二二月十六日、信玄甲府ヲ發ス、, せられ、, ○下略、信玄、三河足助城ヲ攻ムルコ, トニカヽル、四月十九日ノ條ニ收ム、, 千貫百騎, 六貫一疋, ノ侍大將, 元龜二年三月是月, 七一

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  • ○下略、信玄、三河足助城ヲ攻ムルコ
  • トニカヽル、四月十九日ノ條ニ收ム、

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  • 千貫百騎
  • 六貫一疋
  • ノ侍大將

  • 元龜二年三月是月

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  • 七一

注記 (22)

  • 418,630,64,2187舊壘ヲ修築セント欲シケレ〓、分内狹故、其北ハ山聳ヘ、東ハ海上渺々ト〓
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