Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
人數方々押に御置なされ、定人數二萬内外御座候、此勢はかりをもつき、, 敵乃内に味方申者もなおに、信玄公より大身乃居城へ押詰、勝利を失ひ, 八月廿四日巳刻に、信玄公甲府を御立あり、小田原おもてへ赴給ふに、北, 給はん事、十乃物千にて候、信玄公當年四十九歳御座候く、跡強敵大敵に, 一度も負給はすして、利運に被成とる譽、皆水にあそはし候と、高坂彈正, あひさゝゆる、小山田兵衞尉、此働是非手柄を心懸候へはこそ、出陣前に, 條家もちの城々、二三のくるわ攻ちらしまおほくしそは、其城持分を燒, 内よりすくに武藏の八王寺へ働出、瀧山にをひて、出合申樣にと被仰付、, はらひ、又は少し手を付〓からすと被仰付、城〓もある事大方ひとつま, せ也、左候て、郡内乃小山田兵衞尉、武藏堺上野原に相備、加藤丹後を指置、, とつて申上候へ共、信玄公御承引なくて、郡内乃侍小山田兵衞尉には、郡, 兵衞尉手勢二百騎、雜兵共に九百乃人數をもつて、武藏の内源藏殿領分, 冨士淺間大菩薩へ願書をこめ候ほといさみとるしるしに、懸て一戰を, 條陸奧守殿兩おとな、布施、出羽、横地三百騎、雜兵共二千の人數をもつそ, 八王寺〓働出る、こほけ坂を打こし、物見を越候〓は、とゝりと云所に、北, 永祿十二年十月六日, 甲府ヲ發, 小山田信, 四日信玄, 茂氏照ノ, 八月二十, ストノ説, 兵ヲ破ル, 二七六
頭注
- 甲府ヲ發
- 小山田信
- 四日信玄
- 茂氏照ノ
- 八月二十
- ストノ説
- 兵ヲ破ル
ノンブル
- 二七六
注記 (24)
- 1809,699,66,2143人數方々押に御置なされ、定人數二萬内外御座候、此勢はかりをもつき、
- 1695,697,70,2130敵乃内に味方申者もなおに、信玄公より大身乃居城へ押詰、勝利を失ひ
- 1111,713,75,2125八月廿四日巳刻に、信玄公甲府を御立あり、小田原おもてへ赴給ふに、北
- 1581,701,72,2124給はん事、十乃物千にて候、信玄公當年四十九歳御座候く、跡強敵大敵に
- 1467,719,72,2113一度も負給はすして、利運に被成とる譽、皆水にあそはし候と、高坂彈正
- 302,722,69,2124あひさゝゆる、小山田兵衞尉、此働是非手柄を心懸候へはこそ、出陣前に
- 996,711,75,2132條家もちの城々、二三のくるわ攻ちらしまおほくしそは、其城持分を燒
- 1237,711,70,2145内よりすくに武藏の八王寺へ働出、瀧山にをひて、出合申樣にと被仰付、
- 884,718,68,2123はらひ、又は少し手を付〓からすと被仰付、城〓もある事大方ひとつま
- 761,714,72,2141せ也、左候て、郡内乃小山田兵衞尉、武藏堺上野原に相備、加藤丹後を指置、
- 1350,709,74,2128とつて申上候へ共、信玄公御承引なくて、郡内乃侍小山田兵衞尉には、郡
- 644,711,77,2133兵衞尉手勢二百騎、雜兵共に九百乃人數をもつて、武藏の内源藏殿領分
- 186,727,73,2125冨士淺間大菩薩へ願書をこめ候ほといさみとるしるしに、懸て一戰を
- 409,720,71,2128條陸奧守殿兩おとな、布施、出羽、横地三百騎、雜兵共二千の人數をもつそ
- 532,719,73,2126八王寺〓働出る、こほけ坂を打こし、物見を越候〓は、とゝりと云所に、北
- 1923,702,44,379永祿十二年十月六日
- 1067,285,41,168甲府ヲ發
- 331,290,40,170小山田信
- 1109,285,42,165四日信玄
- 286,293,41,159茂氏照ノ
- 1156,286,41,165八月二十
- 1024,292,40,163ストノ説
- 243,294,40,158兵ヲ破ル
- 1937,2420,42,118二七六







