『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.367

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次、田北刑部少輔、同民部大輔、鶴原掃部助豐後より來りて、同じく籠城す、味, すなり、豐後へ屬するり、此二ツの内を過〓からず、然ば當家より筑紫への, 敵一人頸をもち、味方にまぎれ、元春、隆景が前に進み來るを桂上總介あや, ろざしを藝州へ通じ、いま豐後とあひあらそふ、此度加勢せずは、高橋滅亡, 藝州へ歸陣しかるへしといふ、隆景、元春これをきゝて、高橋統種數年こゝ, 長野が居城三嶽へ取かけ、きびしく攻落し、長野をば佐波常陸介打捕、此時, 合にかゝりて切〓す、是年豐前にて越年し、翌年四月六日、立花城へおしよ, あり、味方の兵は四萬ばかりなり、立花の城にし、立花彌十郎楯籠る、臼杵新, しみ、何ものぞとたづ〓しかは、はや見付〓れたりと心得、持たる首をなけ, 弓矢向後はたらきがたし、いかてかさしをりんやとて、終に打出て、豐前の, すて、まぢかく切てかゝる、隆景、元春彼敵にむかひ切合ところに、安國寺横, する所に、豐後の兵六萬ばりりにて後詰して、味方の陣矢とゝくばかりに, 小早川隆景、吉川元春、五々島より、直に九州へわたらんとす、時に家老各先, 々島まて歸陣す、, せむる事急なるによりて、宇都宮降參す、是を備後國へ遣し、隆景、元春は五, 氏ト戰フ, 再ビ大友, 元龜二年六月十四日, 三六七

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  • 氏ト戰フ
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  • 元龜二年六月十四日

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注記 (19)

  • 298,628,72,2188次、田北刑部少輔、同民部大輔、鶴原掃部助豐後より來りて、同じく籠城す、味
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