『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.887

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に常住せんことをアーメン、, 我等の受けたる多くの恩惠の極めて大なる, を承知せられたるならん、同所は都の東方約三レグワの距離に在る高山, しも、我等の主デウスは、我等が弱くして、神の御惠に依り、水を注がれ力を, ル・ビレラの通信に依りて、既に比叡山の諸大學の往昔甚だ盛大なりし事, は、聖パードレ・メストレ・フランシスコの數通の書翰及びパードレ・ガスパ, く其庇護に依る所なれば、其死に依りて、我等は人間的には保護者を失ひ, 復するに非ざれは、不幸と艱難とに堪へざるべきを知り給へるを以て、總, 我等の神にして主なる耶蘇基督の恩寵平和及び永久の愛、我等の心中, 督和田殿の死後十日乃至十二日間にして、日本に於ては豫期せられず、又, せらるゝ當地方に於て、今後デウスの教の弘通すべき便宜を得たり、尊師, 順當ならざる事件起り、之に依りて、日本の宗教の根柢最も深く、最も崇敬, 事を詳述せり、我等が都に復歸してより、今日迄安全なる事を得たるは、全, 余は尊師宛の書翰に於て、和田殿と呼ぶ都の總督より、其戰死に至る迄の, 翰、, 間、, 八月二十八日ノ條ニ見ユ, ○和田惟政戰死スルコト, 〓, 八, 状況, 和田惟政, 延暦寺ノ, 主教ハ保, 護者ヲ失, ノ死後天, 大學, 元龜二年九月十二日, 八八七

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  • 八月二十八日ノ條ニ見ユ
  • ○和田惟政戰死スルコト

頭注

  • 状況
  • 和田惟政
  • 延暦寺ノ
  • 主教ハ保
  • 護者ヲ失
  • ノ死後天
  • 大學

  • 元龜二年九月十二日

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  • 八八七

注記 (29)

  • 1690,703,56,852に常住せんことをアーメン、
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