『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.406

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の艱苦の故に死するか、或は死刑執行人等の手に懸りて死せんが爲めにのみ此處を去る, に依りて報はれたり、時に事の子細は詳ならざるも死の間近からん事を、彼に長崎の修, と彼等に懇願し、或は此の獄中に於て飢餓と寒氣と是等の他の我身に及ぼされし總べて, よ、何時の日にか我は神への愛の爲め自ら刑柱に縛せられ火〓に圍繞せらるゝを見るべ, 猶ほ一〓良き報知も存す、我等は之を、權六自身の口より直接聞きし重要人物より獲た, へて曰く、猊下より我に贈れる吉報は我を慰撫して餘りありたり、されど我等の許には, か、孰れか一つなり、と言添へたり、噂とは違ひて、彼をば能ふ限り速かに生きながら, じ難し、我等共に其の間に準備に努むるに越したる事や在らん、敬愛する我がパードレ, り、そは、來る十月には我等は生きながら火刑に處せらるべしとの報知なり、其の眞實, し、其の時到らば我は實に何たる至福をば受けん、我は斯かる恩寵の己が爲めに在るに, ならん事を神に祈る、されど我は、猊下も他の人々も亦全く之に名を列ねざらんとは信, 火刑に處すべき旨の語らるゝや、噂を報せし人々は、彼に齎らされたる歡喜をば、擬撒, は非ず、我自ら全く之に値せざる事を熟知せり、而も猶ほ我は、神の善意と慈悲心との, 道院長パードレ・ジョヴァンニ・バッティスタ・バエザは書送りたり、乃ち彼は之に答, 元和八年八月五日, 長崎ナル修, 撒ヲ行フ, ざヘノ書翰, どれ・ばえ, ノ報至リ彌, 道院長ぱー, 火刑近シト, 元和八年八月五日, 四〇六

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  • 長崎ナル修
  • 撒ヲ行フ
  • ざヘノ書翰
  • どれ・ばえ
  • ノ報至リ彌
  • 道院長ぱー
  • 火刑近シト

  • 元和八年八月五日

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  • 四〇六

注記 (24)

  • 1675,675,57,2239の艱苦の故に死するか、或は死刑執行人等の手に懸りて死せんが爲めにのみ此處を去る
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