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て候也、, れ、可相渡と被仰、身延山各出家衆御返事に、日蓮聖人御影の前にて〓をとり、其後尤, とて、一萬部の法花經をよむ、不思議なり、日蓮聖人の御告多ありたるとの沙汰なり、, つる、出家に惡あたらぬ物とハ、次年酉の四月十二日, 間、身延山を御所望あり、其代にハなか野に寺を立、今の身延より大きに御普請仰付ら, 寺ヲ再興セントシ、諸國ニ勸進スルコト、天正十年十二月十二日ノ條ニ見ユ、, それをは信玄公御存知なくて、以來は是非身延を東の叡山になさるへきと御内存定候, と可申上とて、〓を三度五度七度迄とれ共、合點の〓おりす、其上山のかハらさる祈念, 〔享祿以來年代記〕正月二十一日、信玄欲以身延山爲東叡山、而不成、, ハされ候、子細ハ、去年庚未に、織田信長叡山を燒により、身延を叡山になさるへく候, 大寺衆徒ニ援ヲ求ムルコト、本年正月是月ノ條ニ、正覺院豪盛・南光坊祐能等、延暦, ○信長、延暦寺ヲ焚クコト、二年九月十二日ノ條ニ、延暦寺衆徒、越前一乘寺ヨリ東, に思あたり, 〔甲陽軍鑑〕十二一元龜三壬申年初の正月廿一日に、信玄公法花宗身延へ御使をつか, 宮内卿御房, 元龜三年三月十七日, ○信玄、卒スルコト、天正元, 年四月十二日ノ條ニ見ユ, 信玄延暦寺, 再興セント, ヲ身延山ニ, ス, 元龜三年三月十七日, 宮内卿御房, 三六一
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- ○信玄、卒スルコト、天正元
- 年四月十二日ノ條ニ見ユ
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- 信玄延暦寺
- 再興セント
- ヲ身延山ニ
- ス
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- 元龜三年三月十七日
- 宮内卿御房
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- 三六一
注記 (25)
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