『大日本史料』 10編 9 元亀3年3月~同年7月 p.440

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

候、是そ幸之儀与存、御味方に降參仕候、あはれ御先手之御人數に被召加候はゝ、, 撃に切り付、其儘左右を切拂ひ、其塲を逃れ、三城搦手の門に到り、爾々のよし申入け, り、これによつて三城に馳集るもの甚寡し、我壹人參りたりとも、純忠利運を得給ふ, らし、敵の大將を壹人撃とるへく、不叶して討れなは、夫迄の志よとて、則諫早勢の陣, へきにもあらす、大勢に相かこまれ、空しく戰死せんよりは、何卒はかりことをめく, 腮にかゝり、浪〓の身と成候、此欝憤を寢ても〓ても難忘候し處に、今度の防戰出來, 内に入るゝ事なかれとなり、遠江守申けるは、仰御尤に候へとも、又助兼而の心底唯, 時節には譜代の者とて心ゆるされす、若彼者に欺れなは、後の世迄の恥辱也、所詮門, 屆、左も有へき事なりとて、早速に召出して對面し、城中の樣子、親類・給人の遲參, の次第を問けるゆへ、又助一々返答し、軍兵衞油断の躰を見計ひ、草摺のはつれを抜, れは、今道遠江守出向ひ、委細に樣子を聞屆、早速純忠に言上す、純忠の云、ケ樣の, 一番に三城に乘入、此恨を散し申度由、種々詞を巧にして申けれは、軍兵衞委細に聞, 所に到り、老武者の居けるを頼申けるは、某儀は大村譜代の者に候得共、近年纔者の, 今の仕方、毛頭も疑敷儀無御座候、ケ程忠節なる者を御うたかひ、城中に御入不被成, 元龜三年七月三十日, 早勢ヲ欺ク, 富永又助諫, 元龜三年七月三十日, 四四〇

頭注

  • 早勢ヲ欺ク
  • 富永又助諫

  • 元龜三年七月三十日

ノンブル

  • 四四〇

注記 (19)

  • 1205,686,65,2162候、是そ幸之儀与存、御味方に降參仕候、あはれ御先手之御人數に被召加候はゝ、
  • 745,694,65,2176撃に切り付、其儘左右を切拂ひ、其塲を逃れ、三城搦手の門に到り、爾々のよし申入け
  • 1783,697,63,2173り、これによつて三城に馳集るもの甚寡し、我壹人參りたりとも、純忠利運を得給ふ
  • 1552,696,65,2180らし、敵の大將を壹人撃とるへく、不叶して討れなは、夫迄の志よとて、則諫早勢の陣
  • 1670,705,61,2164へきにもあらす、大勢に相かこまれ、空しく戰死せんよりは、何卒はかりことをめく
  • 1320,689,65,2183腮にかゝり、浪〓の身と成候、此欝憤を寢ても〓ても難忘候し處に、今度の防戰出來
  • 403,690,63,2182内に入るゝ事なかれとなり、遠江守申けるは、仰御尤に候へとも、又助兼而の心底唯
  • 517,691,65,2177時節には譜代の者とて心ゆるされす、若彼者に欺れなは、後の世迄の恥辱也、所詮門
  • 975,691,65,2183屆、左も有へき事なりとて、早速に召出して對面し、城中の樣子、親類・給人の遲參
  • 860,695,64,2180の次第を問けるゆへ、又助一々返答し、軍兵衞油断の躰を見計ひ、草摺のはつれを抜
  • 632,698,63,2167れは、今道遠江守出向ひ、委細に樣子を聞屆、早速純忠に言上す、純忠の云、ケ樣の
  • 1090,706,66,2168一番に三城に乘入、此恨を散し申度由、種々詞を巧にして申けれは、軍兵衞委細に聞
  • 1437,690,64,2176所に到り、老武者の居けるを頼申けるは、某儀は大村譜代の者に候得共、近年纔者の
  • 289,688,64,2182今の仕方、毛頭も疑敷儀無御座候、ケ程忠節なる者を御うたかひ、城中に御入不被成
  • 1905,740,44,390元龜三年七月三十日
  • 1427,254,43,218早勢ヲ欺ク
  • 1474,256,42,219富永又助諫
  • 1905,740,44,390元龜三年七月三十日
  • 1900,2398,40,127四四〇

類似アイテム