『大日本史料』 10編 9 元亀3年3月~同年7月 p.465

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り、曰く、「當初より、かの根を斷ち切りしならば、今に枝葉の殘ること無かりしなら, を有せり、彼は諫早の兄弟にて、ドン・バルトロメ才夫人の兄弟に當れり、その性質は, たり、更に或る時は周圍の土地を荒したり、かくて彼等は國内を〓廢せしめ、その支配, 權を手に收めたり、されど、味方には、殆どこれを防禦すべき力も可能性も無かりしな, り、そのため敵は盆々勝ち誇り、これに引かへて、味方は意氣沮喪し、最初の六ケ月間, ん」と、而して全力を傾けてこの地方の襲撃を行へり、或る夜は漁夫の住家を燒拂ひ、, せり、敵は、本城を攻撃し、その努力の日標たる支配權を得んため、努めて接近せんこ, 或る時は潮を利して船を走らせ來りて、木棚に對して數多の小銃を射撃し矢の雨を注ぎ, 絶えず交代にて哨兵に立つが如き状况なりしを以てなり、味方は大なる危險と窮迫に瀕, は大いに困窮せり、生命を支ふべき物とては草根を得るより外なく、日々交代して密か, とを計り居りしなり、, 長崎港より約二哩を距てたる砂洲の口に、深堀殿と呼ぶ一人の殿あり、一城を有し、歳入, に森林中にこれを拾集し、一方日中は常に塹壕を修理し〔木柵〕壁を周圍に繞らし、夜は, 嚴格に遂行せず、長崎に集結せるを見るや、戰鬪を開始し、長崎に對して暴擧に出でた, 攻撃ス, 純堯長崎ヲ, 深堀純賢, 元龜三年七月三十日, 四六五

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  • 攻撃ス
  • 純堯長崎ヲ
  • 深堀純賢

  • 元龜三年七月三十日

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  • 四六五

注記 (19)

  • 1658,616,64,2245り、曰く、「當初より、かの根を斷ち切りしならば、今に枝葉の殘ること無かりしなら
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