『大日本史料』 10編 10 元亀3年8月~同年12月 p.276

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

士に命して、遠州宇津山のとり出をまもらしめんとのたまひけれとも、御うけ申ものな, けれは、大權現ゆるしたまふにより、つゐに行て、そのとり出をまもる、大權現その忠, し、ときに清善隱居の身たりといへとも、申しこふて、かしこにおもむかん事を言上し, 頂戴す、, 功を賞したまひて、遠州のうち友長村におゐて、千貫の地をたまはり、御判形の御書を, 申候、恐々謹言、, ○武田信玄、家康ヲ撃ントシ、親ラ兵ヲ率ヰテ、甲斐ヲ發シ、遠江二入リ、同國二, 〔寛永諸家系圖傳〕五松平清善, 松平備後守殿, 俣城ヲ攻メテ、之ヲ降スコト、三日ノ條ニ見ユ、, 絶、大神君勇將ヲ〓、此砦ヲ守ラシメント欲シ玉フ、諸將猶豫ス、於爰松平備前守清, 〔參考〕, 〔家忠日記増補〕, 家康御判, 十月廿七日, 大權現家臣等をめしておほせけるは、勇, 〔家忠日記増補〕四廿七日、遠州宇津山ノ砦ハ、當時武田カ兵其辺ニ陣メ通路ヲ, 廿七日、遠州宇津山ノ砦ハ、當時武田力兵其辺ニ陣〓通路ヲ, 元龜三, 之地可申付候、其旨猶左衞門尉こ〓古文だ寒、申候、恐々詁, ○家康ノ感状、三川古文書所收, ノ文書ト異事ナキヲ以テ略ス、, 與二○中, ヲ「廿三」ニ作ル, (元龜三年十月), 郎、略, ○古文書集、「廿七」, 廿七日、遠州宇津山ノ砦ハ、當時武田力兵其辺ニ陣〓通路ヲ, 遠江友長村, 元龜三年十月二十七日, 二七六

割注

  • ○家康ノ感状、三川古文書所收
  • ノ文書ト異事ナキヲ以テ略ス、
  • 與二○中
  • ヲ「廿三」ニ作ル
  • (元龜三年十月)
  • 郎、略
  • ○古文書集、「廿七」
  • 廿七日、遠州宇津山ノ砦ハ、當時武田力兵其辺ニ陣〓通路ヲ

頭注

  • 遠江友長村

  • 元龜三年十月二十七日

ノンブル

  • 二七六

注記 (31)

  • 1313,620,64,2242士に命して、遠州宇津山のとり出をまもらしめんとのたまひけれとも、御うけ申ものな
  • 1082,627,66,2240けれは、大權現ゆるしたまふにより、つゐに行て、そのとり出をまもる、大權現その忠
  • 1196,619,65,2246し、ときに清善隱居の身たりといへとも、申しこふて、かしこにおもむかん事を言上し
  • 843,625,57,195頂戴す、
  • 965,624,71,2239功を賞したまひて、遠州のうち友長村におゐて、千貫の地をたまはり、御判形の御書を
  • 1791,1769,52,418申候、恐々謹言、
  • 724,740,70,2123○武田信玄、家康ヲ撃ントシ、親ラ兵ヲ率ヰテ、甲斐ヲ發シ、遠江二入リ、同國二
  • 1407,615,105,982〔寛永諸家系圖傳〕五松平清善
  • 1551,963,55,338松平備後守殿
  • 606,739,63,1234俣城ヲ攻メテ、之ヲ降スコト、三日ノ條ニ見ユ、
  • 250,637,75,2236絶、大神君勇將ヲ〓、此砦ヲ守ラシメント欲シ玉フ、諸將猶豫ス、於爰松平備前守清
  • 468,795,100,200〔參考〕
  • 344,633,98,517〔家忠日記増補〕
  • 1675,2057,53,223家康御判
  • 1666,897,63,291十月廿七日
  • 1438,1832,57,1031大權現家臣等をめしておほせけるは、勇
  • 342,628,101,2253〔家忠日記増補〕四廿七日、遠州宇津山ノ砦ハ、當時武田カ兵其辺ニ陣メ通路ヲ
  • 366,1260,70,1608廿七日、遠州宇津山ノ砦ハ、當時武田力兵其辺ニ陣〓通路ヲ
  • 1723,835,43,121元龜三
  • 1780,603,81,1484之地可申付候、其旨猶左衞門尉こ〓古文だ寒、申候、恐々詁
  • 873,855,48,601○家康ノ感状、三川古文書所收
  • 830,862,44,563ノ文書ト異事ナキヲ以テ略ス、
  • 1463,1614,45,195與二○中
  • 1654,1212,43,344ヲ「廿三」ニ作ル
  • 424,1261,32,201(元龜三年十月)
  • 1422,1615,39,153郎、略
  • 1698,1207,44,404○古文書集、「廿七」
  • 371,1266,65,1607廿七日、遠州宇津山ノ砦ハ、當時武田力兵其辺ニ陣〓通路ヲ
  • 969,257,42,213遠江友長村
  • 1898,748,44,417元龜三年十月二十七日
  • 1905,2393,43,114二七六

類似アイテム