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〔寛政重修諸家譜〕, して、これと戰ひ、それか中に容貌魁偉にして、大力の名ある大隈入道といへるものと組, あたりて斃る、これにより廣正か乘ところの馬をたてまつり、事故なく濱松城にいらせたま, 召、藤藏今日之働之次第御尋被遊候、五郎右衞門申上候は、藤藏今日之働無比類手柄に, ふ、このときにあたりて、武田信玄の近臣法師武者六人御跡をしたひ來るにより、廣正殿, れは、かの首をもつて信玄を討取しといはゝ、衆人眞とおもふへしとなり、すなはち大隈, 宮の仰に、いま味方利あらさるよしをきゝて、城中騷動す、汝か勇猛衆のしれるところな, のとき、したかひたてまつり、御退陣のとき、東照宮めさせたまふところの御馬鐵炮に, て御座候由、具に申上候得は、御感悦被爲成而、御褒美長光之御腰物被下置候、其後十, て、遂にその首を討とり、その餘三人を討て、すみやかに濱松にはせまいりしかは、東照, みつから鐵炮をはなつて、八町はかりの間しつはらひして、つゐに命を全する事を得たり、, 城え被爲入候節、三宅彌次兵衞并藤藏兩人騎馬にて御供仕候時、五郎右衞門御前え被爲, 元龜三年、三方原合戰御退陣のとき、廣正, 高木廣正, 岐山城守頼行代に罷成、右之御腰物指上申候事、, 〔寛永諸家系圖傳〕, 高木廣正, 三年十二月二十二日、三方原合戰, 三百, 後と號す、, 九助、後筑, 長次郎、七郎右衞, 門、九助、筑後、, 十九, 一十, 七, 刀ヲ與フ, 家康長光ノ, 高木廣正, 道ヲ討取ル, 廣正大隈入, 元龜三年十二月二十二日, 四七
割注
- 三百
- 後と號す、
- 九助、後筑
- 長次郎、七郎右衞
- 門、九助、筑後、
- 十九
- 一十
- 七
頭注
- 刀ヲ與フ
- 家康長光ノ
- 高木廣正
- 道ヲ討取ル
- 廣正大隈入
柱
- 元龜三年十二月二十二日
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- 四七
注記 (33)
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