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目次郎左衞門、こゝは御討死の場に候はす、早御退被成候得と申て、御馬の口を濱松の方, 〔寛政重修諸家譜〓, へひきむけ、鑓おつとり、御馬のさんすをたゝみかけてたゝきけれは、御馬かけいてゝ、, 廻り殘り少く討れけれは、權現樣にも御討死の御覺悟被成、御馬を引返さセられし時、夏, 敵遠さかりぬ、次郎左衞門蹈とまり、敵の多勢にとりまかれ、鎗の柄のおるゝ程戰て討死, 次忠大權現につかへたてまつり、三方原にをひて討死、, 吉信の忠死をあはれませ給ひ、三河國額田郡山中法藏寺に石碑を立しめたまひ、信譽徹忠, 法名行譽、そのゝち東照宮, 度々取て返す武者ふり、敵の大將權現樣の事、そ、追詰て討取れとて、急に追掛たり、御馬, しけり、, と號し、月拜を命せらる、妻は松下石見守之綱か女、, 〔寛永諸家系圖傳〕甲四平井, 夏目吉信, 友次, 次忠, 三百四, 十八, 與三右衞門、, 國同前、, ○中略、寛永諸家, 國同前、, 系圖傳ト略同ジ、, 生國三河, 家康吉信ノ, 爲ニ石碑ヲ, 建ツ, 平井次忠, 家系, 與三右衞門、, 元龜三年十二月二十二日, 八一
割注
- 三百四
- 十八
- 與三右衞門、
- 國同前、
- ○中略、寛永諸家
- 系圖傳ト略同ジ、
- 生國三河
頭注
- 家康吉信ノ
- 爲ニ石碑ヲ
- 建ツ
- 平井次忠
- 家系
キャプション
- 與三右衞門、
柱
- 元龜三年十二月二十二日
ノンブル
- 八一
注記 (31)
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