『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.209

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〔盈筐録, とも、一合戰すへし、勝負は天道次第との上意なり、其日の物見鳥居四郎左衞門云々、, 時は取て返し、御乘込可被成と被仰候所に、夏目次郎左衞門踏止り、討死仕候間に、恙なく, すこしも御動轉不被成、御小姓衆を討せしと御乘廻し、御圓居御引退被遊候、敵慕ひ來り、危, 城邊を押て通るに、城内に乍居、出て一當あてたらんは、甲斐なく聞ゆる、縱ひ軍に負る, 人數にあらす、今日の御合戰御無用に可被遊よし申上候へ者、其儀は兎も角もあれ、敵我, 權現樣一旦御守返し被成候へ共、平手と酒井勢大に敗走して、御旗本ともいわすなたれか, ゝる、是に引立られ、數度の戰に疲たる御人數なれは、力及はす、惣敗軍仕候、然共權現樣, 御城へ玄默口より被爲入候、今日討死の衆成瀬藤藏・鳥井四郎左衞門・中根平左衞門・青, 田に三百、彼是に打散、殘少に御坐候へは、信長の御加勢ヲ添ても、中々敵に對すへき御, の勢四萬餘と聞へ申候、御味方は纔に八干の内外に御坐候を、岡崎に二千、吉田に千、野, 由、尤ニ候、御手前へ敵對不申候驗ニハ、討死ノ者トモノ跡, ノ事ニ御座候、御扱可申爲ニ、此方ノ者共指越候所ニ、御旗本へ出、御成敗被成候, 御出勢、御對陳、日既に薄暮なるに、御味方勇み進み、御合戰と望む、御家老は信玄, 二十二月二十二日、濱松よりも三里, 里餘りの積りなり、繪圖の, 道の, 舊記次第に、認誤申候、, ○以下, 東照宮四, 日ノ條ニ收ム, 闕、, り、, ○上略、十月三, 五, (元龜三年), 元龜三年十二月二十二日, 二〇九

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  • 里餘りの積りなり、繪圖の
  • 道の
  • 舊記次第に、認誤申候、
  • ○以下
  • 東照宮四
  • 日ノ條ニ收ム
  • 闕、
  • り、
  • ○上略、十月三
  • (元龜三年)

  • 元龜三年十二月二十二日

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  • 二〇九

注記 (28)

  • 1561,608,73,255〔盈筐録
  • 871,614,60,2161とも、一合戰すへし、勝負は天道次第との上意なり、其日の物見鳥居四郎左衞門云々、
  • 406,609,60,2294時は取て返し、御乘込可被成と被仰候所に、夏目次郎左衞門踏止り、討死仕候間に、恙なく
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