『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.261

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

りければ、子息勝頼并に武田左馬助信豐・穴山梅雪、, してありける、大勇の士なり、, も、早く日暮に及ぶ、今晩攻め來らずば、明日はまた防くべき業あらんとて、動かず, 加勢瀧川伊豫守一盆, 居たるが、弓・鐵炮を拾て、馳せ合セて〓き戰ふ、信長よりの加勢は、元來小勢なれば、必, 佐久間右衞門尉信盛をはじめ、八千餘騎にて陣する、新井, 本坂へ押しよセて軍をはじむ、佐久間・平手・瀧川・林・水野・坂井・荒川・飯尾・土肥, べし、よく和らき置、心よく取らセんと思ひ、火にて暖たむるなり、しかりといへど, 以上九頭、其從兵八千餘騎相戰にかゝつて、互に弓・鐵炮を放しかけて、しばらく見合セ, 至に成て責め戰ひければ、甲州勢も若干討死す、又家康公より信長衆へ差添へられたる本, 武田信玄今度は軍を止て、無事に軍士を引取らんとする所に、濱松勢より不慮に軍はじせ, 新井・本坂合戰の事、, 圖崇・馬場美濃守氏勝・小山田備中守昌則・甘利備前守キ果原以下の軍士大勢を指分, 左兵衞・相木市兵衞・原加賀守・同隼人佐以下を引卒し、其勢二萬餘騎、織田信長よりの, け、濱松勢の手當として、信玄は種山伯耆守信友・同越前守・淺利與市・安井左京・深谷, 侍大將には、山懸三郎兵衞, 信良とも, 亦左近將, 又玄番亭, 監とも、, 元龜三年十二月二十二日, 二六

割注

  • 信良とも
  • 亦左近將
  • 又玄番亭
  • 監とも、

  • 元龜三年十二月二十二日

ノンブル

  • 二六

注記 (22)

  • 1232,641,75,1345りければ、子息勝頼并に武田左馬助信豐・穴山梅雪、
  • 1594,758,60,758してありける、大勇の士なり、
  • 1681,750,91,2187も、早く日暮に及ぶ、今晩攻め來らずば、明日はまた防くべき業あらんとて、動かず
  • 785,627,61,516加勢瀧川伊豫守一盆
  • 403,624,98,2292居たるが、弓・鐵炮を拾て、馳せ合セて〓き戰ふ、信長よりの加勢は、元來小勢なれば、必
  • 747,1407,82,1474佐久間右衞門尉信盛をはじめ、八千餘騎にて陣する、新井
  • 631,625,102,2294本坂へ押しよセて軍をはじむ、佐久間・平手・瀧川・林・水野・坂井・荒川・飯尾・土肥
  • 1802,762,89,2179べし、よく和らき置、心よく取らセんと思ひ、火にて暖たむるなり、しかりといへど
  • 516,627,97,2288以上九頭、其從兵八千餘騎相戰にかゝつて、互に弓・鐵炮を放しかけて、しばらく見合セ
  • 288,619,97,2294至に成て責め戰ひければ、甲州勢も若干討死す、又家康公より信長衆へ差添へられたる本
  • 1333,629,92,2292武田信玄今度は軍を止て、無事に軍士を引取らんとする所に、濱松勢より不慮に軍はじせ
  • 1476,981,65,532新井・本坂合戰の事、
  • 1093,628,100,2300圖崇・馬場美濃守氏勝・小山田備中守昌則・甘利備前守キ果原以下の軍士大勢を指分
  • 865,633,97,2287左兵衞・相木市兵衞・原加賀守・同隼人佐以下を引卒し、其勢二萬餘騎、織田信長よりの
  • 973,624,106,2304け、濱松勢の手當として、信玄は種山伯耆守信友・同越前守・淺利與市・安井左京・深谷
  • 1211,2227,66,706侍大將には、山懸三郎兵衞
  • 1212,2015,39,175信良とも
  • 808,1158,44,170亦左近將
  • 1256,2017,39,182又玄番亭
  • 766,1156,38,137監とも、
  • 218,737,49,474元龜三年十二月二十二日
  • 189,2440,44,90二六

類似アイテム