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押行けり、二陣龍造寺隆平千五百人、是も同じく押通る、其次隆信旗本三千, と下知をかへ、備を立直さんと千度百度せられしか共、山上より驀直に落, 忽に死しければ、太田が人數右往左往に散亂す、其後伊集院、新納ひとつに, しと思ひ、俄に旗を振ひ動し、鯨波を擧て山上より落し懸る、其勢ひ積水を, 千仭の谷にさくるが如く、隆信馬上に再拜を取て、先陣ぬ留れ、後兵は進め, ゝ所ニ、嶋津の士川上助七、五六騎にて追懸、終に隆信を討取けり、隆信の胴, しかけたる嶋津乃強兵に推破られ、討るゝもの甚多し、隆平は旗本の敗走, 五百人押ける所ニ、豫て嶋津勢は三手ニ備へて待けるが、嶋津中務時分よ, を見て、救はんと人數を下知する處に、新納武藏守二千餘人眞中ニ駈入、縱, なりて、隆信の左右より攻討ければ、剛勇の隆信も敗軍に及び、其身只一騎, 數刻に及びける處に、嶋津勢の放つ鐵炮、太田が眉間に中りて、馬より落て, が備ニは、伊集院左衞門大夫一千餘人にて攻懸る、太田兵を下知して、強戰, 田の畔を乘渡し、在家の裏に乘入、不案内なりければ、行先を失ひ乘廻さる, 横に戰ひければ、隆平終に討死し、其手の士卒散々に落行ける、太田兵衞尉, 勢は、段々蹤より押來りけれ共、馬手は温泉嶽の嶮岨、弓手は海にて細道, ヲ襲フト, 家久山上, ヨリ隆信, ノ説, 天正十二年三月二十四日, 二八四
頭注
- ヲ襲フト
- 家久山上
- ヨリ隆信
- ノ説
柱
- 天正十二年三月二十四日
ノンブル
- 二八四
注記 (21)
- 1779,620,62,2201押行けり、二陣龍造寺隆平千五百人、是も同じく押通る、其次隆信旗本三千
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