『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.322

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進む事限りなし、, 堅を衝かんとなり、, あり、役者川田義郎智計をめくらし、味方をいさめんか爲、今夜陣中ゟ貝, 時に、又七郎忠豐杯を左京亮忠堅, を吹たし、温泉か嶽より、答の貝あらは、明日必勝軍成〓しと云て、命して, 或説云、合戰之前晩敵六萬餘と聞て、味方の諸軍或は色を失ひけるもの, 義郎家乘ニ云ク、義郎高聲に士卒を勵して云、今日の兵氣を觀るに、大將, 納忠元を指副られ、隆信の大軍に向られ、其外の健將勇士皆是に屬す、家久, は鋭卒五百をすぐり、陣を出ると一里、村芥中に伏して、戰酣なる時、敵の中, 海螺を吹かしめたり、時に果して答の貝遙に聞へけれは、義郎、さては明, 軍を獲るの氣あり、各努力て戰をは〓ますべしと云々、, に賜ふ、忠堅杯を把て申けるは、明日, 光宗、相良の兵、肥後の士卒をして、島原城の押とし、又七郎忠豐に、老功の新, 扨評定軍議も定りけまは、首途の儀式とて、杯出して酬〓數刻に及ひける, 日の勝軍疑なし、各死力を致せと下知せられけれは、士卒是を聞て、勇み, 必ス敵將隆信か頭を獲て御覽に備ふへしと言、新納忠元傍ニ有りける、是, ○中略、前掲勝部兵右衞門聞書, 據リテ、川田義期ノコトヲ掲グ, 年二, 十七、, 忠堅隆信, 廣言ス, 川田義郎, ヲ獲ント, 天正十二年三月二十四日, 三二二

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  • ○中略、前掲勝部兵右衞門聞書
  • 據リテ、川田義期ノコトヲ掲グ
  • 年二
  • 十七、

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  • 忠堅隆信
  • 廣言ス
  • 川田義郎
  • ヲ獲ント

  • 天正十二年三月二十四日

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  • 三二二

注記 (26)

  • 736,687,57,494進む事限りなし、
  • 1440,614,57,571堅を衝かんとなり、
  • 1203,693,64,2126あり、役者川田義郎智計をめくらし、味方をいさめんか爲、今夜陣中ゟ貝
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