『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.469

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

し來り、伊賀の國に於ては、未だ説教を聞きたることなきにも拘らず、會堂數箇所を建, 欲し、法衣と宗規の剃髮の儘、耶蘇會のパードレと名乘りて諸國を通過し、同伴せし日本, ざる多くの慈悲を余に垂れ給へり、出發の際、余に大なる恐怖を懷かしめ、法衣を改め, 所なりき、數人の大身等、其の他多數の人キリシタンとなり、多くの地方より説教を依頼, 設し、人を遣はして切に説教を請ひ、先づ會堂を建てたるは、彼等の爲め説教をなさん, て絹の衣服を著け、匿れて行く必要ありと云ふ者ありしに拘らず、余は此の如き手段より, を著たる余に大なる名譽と恩遇とを與へたるは、キリシタン竝に異教徒等の悉く驚嘆せし, は、デウスに對する信頼と此の旅行を命ぜし者に對する服從の義務に頼りて行かんことを, しも起らざりしのみならず、公方樣及び信長、其の他かの地方の大身一同も、貧弱なる衣, 余が報道は、近頃都より歸著したる事にして、同地にて、我等の主デウスは述べ盡す能は, 人イルマンをして、耶蘇の名を説かしめしが、往復共に余が告げられたるが如き危險は少, 附、パードレ・フランシスコ・カブラルより口ノ, 津の俗人某に贈りし書翰、, 一五七二年九月二十九日, 〔日本耶蘇會年報〕(歐文材料第三號譯文), ○元龜三年八, 月二十二日、, テ諸國ヲ通, 師ト名乘リ, 信長等ノ好, 耶蘇會宣教, 伊賀ノ信徒, ニ歸著ス, 過ス, 都ヨリ豐後, かぶらる京, 會堂ヲ建ツ, 遇, 元龜三年是歳, 四六九

割注

  • ○元龜三年八
  • 月二十二日、

頭注

  • テ諸國ヲ通
  • 師ト名乘リ
  • 信長等ノ好
  • 耶蘇會宣教
  • 伊賀ノ信徒
  • ニ歸著ス
  • 過ス
  • 都ヨリ豐後
  • かぶらる京
  • 會堂ヲ建ツ

  • 元龜三年是歳

ノンブル

  • 四六九

注記 (30)

  • 370,626,72,2289し來り、伊賀の國に於ては、未だ説教を聞きたることなきにも拘らず、會堂數箇所を建
  • 952,630,71,2287欲し、法衣と宗規の剃髮の儘、耶蘇會のパードレと名乘りて諸國を通過し、同伴せし日本
  • 1298,633,70,2286ざる多くの慈悲を余に垂れ給へり、出發の際、余に大なる恐怖を懷かしめ、法衣を改め
  • 489,626,75,2291所なりき、數人の大身等、其の他多數の人キリシタンとなり、多くの地方より説教を依頼
  • 259,622,68,2284設し、人を遣はして切に説教を請ひ、先づ會堂を建てたるは、彼等の爲め説教をなさん
  • 1184,634,69,2286て絹の衣服を著け、匿れて行く必要ありと云ふ者ありしに拘らず、余は此の如き手段より
  • 606,623,69,2292を著たる余に大なる名譽と恩遇とを與へたるは、キリシタン竝に異教徒等の悉く驚嘆せし
  • 1070,634,66,2283は、デウスに對する信頼と此の旅行を命ぜし者に對する服從の義務に頼りて行かんことを
  • 720,634,72,2285しも起らざりしのみならず、公方樣及び信長、其の他かの地方の大身一同も、貧弱なる衣
  • 1412,630,72,2289余が報道は、近頃都より歸著したる事にして、同地にて、我等の主デウスは述べ盡す能は
  • 833,632,75,2288人イルマンをして、耶蘇の名を説かしめしが、往復共に余が告げられたるが如き危險は少
  • 1647,1627,60,1286附、パードレ・フランシスコ・カブラルより口ノ
  • 1541,687,56,638津の俗人某に贈りし書翰、
  • 1656,708,58,605一五七二年九月二十九日
  • 1777,631,74,1193〔日本耶蘇會年報〕(歐文材料第三號譯文)
  • 1682,1330,44,260○元龜三年八
  • 1638,1330,42,227月二十二日、
  • 903,262,40,209テ諸國ヲ通
  • 947,258,38,205師ト名乘リ
  • 813,256,41,213信長等ノ好
  • 989,257,44,215耶蘇會宣教
  • 400,252,39,212伊賀ノ信徒
  • 1375,267,41,157ニ歸著ス
  • 861,257,38,76過ス
  • 1418,260,41,213都ヨリ豐後
  • 1463,264,40,212かぶらる京
  • 356,252,41,207會堂ヲ建ツ
  • 769,256,43,36
  • 167,735,45,258元龜三年是歳
  • 156,2439,43,126四六九

類似アイテム