Loading…
要素
割注ノンブル
OCR テキスト
し、息をころし、其外親類數多めし失事、, 次第也、, らず、自業自得果の道理なり、, 靈場の所に、衆徒等近年不覺の所行をあらはし、鎭戒を破、牛馬の糞尿を伽藍佛前にを, 五常を背のみ、縱は賣子の僧のごとく、就中比叡山、傳教大師・桓武天皇、國家護持の, へ發向の後詰、前代未聞の次第也、, 最たり、誰かかれに隨順たるべきをや、殊に信玄與力淺井は對信長、雖不相似、妻女と, 一、年來の眷屬、一戰をはけまし、疵をかうふる者、數輩一所へ追入、燒殺段、大惡行の, 、信玄剃髮染衣の姿として、人の國を貪り、民を害し、内には破戒の業をなし、外には, かし、魚鳥を服用する、天道時剋到來して、山上山下悉く燼となる、更に信長斷行にあ, 、信玄時節をうかゞひ、支那・震旦、大俗の身として大僧正號の事、其例をきかず、, 一、駿河の今川氏眞は、爲信玄甥なり、彼家老を相付、甥の國をのつとる事、前代未聞の, して、某が妹をつかはし候、その上江北一圓に扶助せしむる所に、何の故に信長、金崎, 一、關東の北條氏政は、信玄ために聟なり、然所に關東へ亂入、剰氏政が門外まで燒はら, ○信長、淺井長政等ノ兵ヲ近江ニ起スヲ聞キ、越前ヨ, ○武田信玄、駿府ニ入リ、今川氏眞、遠江懸川ニ逃, ルヽコト、永祿十一年十二月十三日ノ條ニ見ユ, ○信長、延暦寺ノ堂塔ヲ焚クコト、, 元龜二年九月十二日ノ條ニ見ユ、, リ軍ヲ班スルコト、元龜元年四月三十日ノ條ニ見ユ, ○武田信玄、同子義信ヲ自殺セシムル「, ト、永祿十年十月十九日ノ條ニ見ユ、, 天正元年二月二十六日, 一七四
割注
- ○信長、淺井長政等ノ兵ヲ近江ニ起スヲ聞キ、越前ヨ
- ○武田信玄、駿府ニ入リ、今川氏眞、遠江懸川ニ逃
- ルヽコト、永祿十一年十二月十三日ノ條ニ見ユ
- ○信長、延暦寺ノ堂塔ヲ焚クコト、
- 元龜二年九月十二日ノ條ニ見ユ、
- リ軍ヲ班スルコト、元龜元年四月三十日ノ條ニ見ユ
- ○武田信玄、同子義信ヲ自殺セシムル「
- ト、永祿十年十月十九日ノ條ニ見ユ、
柱
- 天正元年二月二十六日
ノンブル
- 一七四
注記 (24)
- 1740,766,59,1003し、息をころし、其外親類數多めし失事、
- 417,756,53,180次第也、
- 746,759,56,736らず、自業自得果の道理なり、
- 954,758,71,2131靈場の所に、衆徒等近年不覺の所行をあらはし、鎭戒を破、牛馬の糞尿を伽藍佛前にを
- 1067,762,70,2121五常を背のみ、縱は賣子の僧のごとく、就中比叡山、傳教大師・桓武天皇、國家護持の
- 1298,772,59,833へ發向の後詰、前代未聞の次第也、
- 1509,762,73,2129最たり、誰かかれに隨順たるべきをや、殊に信玄與力淺井は對信長、雖不相似、妻女と
- 1618,726,72,2160一、年來の眷屬、一戰をはけまし、疵をかうふる者、數輩一所へ追入、燒殺段、大惡行の
- 1177,750,70,2138、信玄剃髮染衣の姿として、人の國を貪り、民を害し、内には破戒の業をなし、外には
- 846,768,67,2119かし、魚鳥を服用する、天道時剋到來して、山上山下悉く燼となる、更に信長斷行にあ
- 625,730,68,2076、信玄時節をうかゞひ、支那・震旦、大俗の身として大僧正號の事、其例をきかず、
- 512,721,71,2156一、駿河の今川氏眞は、爲信玄甥なり、彼家老を相付、甥の國をのつとる事、前代未聞の
- 1396,763,71,2132して、某が妹をつかはし候、その上江北一圓に扶助せしむる所に、何の故に信長、金崎
- 293,717,68,2164一、關東の北條氏政は、信玄ために聟なり、然所に關東へ亂入、剰氏政が門外まで燒はら
- 1315,1639,50,1033○信長、淺井長政等ノ兵ヲ近江ニ起スヲ聞キ、越前ヨ
- 436,970,49,1006○武田信玄、駿府ニ入リ、今川氏眞、遠江懸川ニ逃
- 395,980,43,915ルヽコト、永祿十一年十二月十三日ノ條ニ見ユ
- 769,1524,44,673○信長、延暦寺ノ堂塔ヲ焚クコト、
- 725,1524,44,624元龜二年九月十二日ノ條ニ見ユ、
- 1273,1644,47,1006リ軍ヲ班スルコト、元龜元年四月三十日ノ條ニ見ユ
- 1764,1804,43,769○武田信玄、同子義信ヲ自殺セシムル「
- 1721,1819,41,696ト、永祿十年十月十九日ノ條ニ見ユ、
- 1855,872,43,430天正元年二月二十六日
- 1844,2422,39,109一七四







