『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.559

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を御褒め被戌、, 天下に人の知たる道具是々と有、土の物、繪讚、墨跡、或は刀脇指なと、品々を, 加増を賜ふ、少も怒たたはす、權現樣御聞被成て、猫御座敷をよこせとも、鼠, 挾み、事ニ寄て誅しなは、天下に手をひツけし時、羽翼乏く、舊好すくなか, 却〓藥種とれれり、但士卒を遣ふには、胸中汪洋にしく、心の曲尺を忘る, るへきに、我汪洋なる胸中を專としたれは、虎狼も牛馬の用をなし、毒草, 甲〓にて、信玄、板垣を被殺、其組曲淵は、組頭の敵を取らんとて、信玄を〓ら, しかは、皆股肱となり、勇功を顯ししり、若彼信玄、謙信の如く、昔年の疑を, へからべ、胸中狹けれは疑心多し、疑心あれは人を多使ひつたし、, をさし置、板垣か爲を可存か、此段を合點仕、以來我爲を存候へとて、十貫の, ふ、信玄其樣子を聞給ひ、曲淵を呼出し宣は、甲州者は皆信玄か譜代なり、我, かりしか、我武運時來、皆隨逐し、軍忠を勵む、我そしらぬ躰をし、能つかひ, をとらすへき爲也是を飼ふ、か樣にこそ可有儀なれと、信玄の人遣はれ樣, 〔岩淵夜話〕一大閤秀吉卿、或時伽衆あまたの中ニて、我ら所持之内ニて、, 〔武家秘笈〕一權現樣信玄の人遣はれ樣を御譽被成候事, 育法ヲ褒, 家康信玄, ノ家臣撫, 元和二年四月十七日, 五五九

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  • 育法ヲ褒
  • 家康信玄
  • ノ家臣撫

  • 元和二年四月十七日

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  • 五五九

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