『大日本史料』 10編 15 天正元年4月 p.246

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其上其年中に信州の大將衆晴信公より老功なるが、しかも味方の人數一倍にて、甲州の, も推參申す人なくて、既に武田の家廿七代目に滅却せんとすと風聞は理なり、此儀信州, 衆傳聞てこそ、甲信兩國の境目にとりでを仕り、行末甲州中へみだれ入べきとの覺悟に, 内へ亂入たるに、四度まで合戰をとげ、四度なから御旗本にて勝利を得給ふ故、誰にて, 夜晝つめても大將の御目にかかる事なし、殊更曰々出仕の近習なとの年來の侍は、夜々, 公父信虎公鬼神のごとくに近國まても申ならはす大將を、なにの造作もなく押出し給ひ、, 百つゝ差越、晴信公よりはわかみこすちへ飯富兵部八百餘騎にて打出て、村上衆にさし, るは亂鳥までの狂、晝は九時分までおより候へは、御前衆ばかり奉公申様にて、其餘は, に亂鳥まて罷あり、さて又夜をあかし、腹中もちがひ、迷惑さたのかきり也、適おもてへ, 御出の時分は、出家衆をあつめ、詩をつくり給ふ、御會あれは、猶もつてしみこほりたる, て候へば、村上義清方はわかみこ筋の境、諏訪衆はだいが原筋、兩方より人數を千四五, 模樣にて、諸侍御目にかゝる事少もならず、家老衆いさめの御異見も申得さるは、晴信, むかふ、諏訪口へは板垣信形、是も七百餘騎にて打むかふ、天文八年己亥閏六月廿日辰, の刻に、飯富兵部防戰をとけ、村上衆を討とる、其數雜兵九十七人なり、ねんば・のべ〓, 詩作ニ耽ル, 天正元年四月十二日, 二四六

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  • 詩作ニ耽ル

  • 天正元年四月十二日

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  • 二四六

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