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今屋敷町, 性を備ふといへり、, しめて屋形をこゝに移せり、金石の地は、東に市の川あり、南に櫻川あり、西に山道、, 府の西南金石の地にあり、, しゆへ、文明年中、再道場を興すの時、もとの所をよけて、西北の隅に建立し、以前, 北は清水山にして、四神相應繁昌の勝地にして、しかも西北高く、東南低く、金水の, 屋形、又は池の築牆といふ、しかしより後州俗池の府城をさして今屋敷と稱す、此所, の屋敷荒捨る事數年、この比一東齊といふもの彼寺跡の側に住居す、盛賢公是を移ら, に始て寺を建、島分寺と名付く、しかるに天安元丁丑年の騒亂に燒失す、後假建なり, の屋形を池の地に移し、, 是は、先聖武天皇の御宇天平九丁丑年、諸國をして國分寺を作らしむ、その時此地, に二つの池あり、南を男池といひ、北を女池といふ、又其北に沼田あり、此故に池の, 大永六丙戌年十二月、盛賢公、, 大永六丙戌年、盛賢公、屋形を池の地に建て移居れり、是をも池の, 享祿元戊子年の冬、又金石に移れり、, 府城, 〔津島紀事〕, 中村, 「追加註、是を今屋形と云、州, 俗或は池ノ屋形とも稱せり、, 改給ふ、, 後將盛と, 讀字の, 如し、, 金石、加禰伊, 志と讀む、, ○下, ○對馬, 〔頭書), 二州治, 略, 心と讀む、略, ヲ建ツ, テ金石屋形, 將盛一東齋, ノ庵ヲ移シ, 今屋形, 天正元年四月二十二日, 九〇
割注
- 「追加註、是を今屋形と云、州
- 俗或は池ノ屋形とも稱せり、
- 改給ふ、
- 後將盛と
- 讀字の
- 如し、
- 金石、加禰伊
- 志と讀む、
- ○下
- ○對馬
- 〔頭書)
- 二州治
- 略
- 心と讀む、略
頭注
- ヲ建ツ
- テ金石屋形
- 將盛一東齋
- ノ庵ヲ移シ
- 今屋形
柱
- 天正元年四月二十二日
ノンブル
- 九〇
注記 (39)
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