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皆其城々の用心嚴しくして打留んとする者はなかりけり、頓て巨濃郡浦富相山の城に, は、雲・伯の逗留成難く、軍勢は散々になり、勝久は京都へ落行れ、鹿助は所縁を求、, 次第能々聞浮し事なれは、當國に來り大功をも立て、身の安否を定めんと密に智謀を, 雲・伯兩國の間に俳徊せり、され共、毛利家より大軍を以數度城を攻、追落たりけれ, 廻らしつゝ、天正元年癸酉の歳の事なるに、溢れ者の劫盜・惡黨を招集、小舟に取乘、, 賊をかけ、濫妨を事とし、多年を送る内ニ、伯州に在ける頃、當國の樣躰、近年爭亂の, と窺ありき、密に岩本へ舟をよせ、濫妨をそしたりける、其頃は岩本川の向に於て日, 取上り、普請を企、此城を居城とし、人衆を集、兵粮をこめ、城持にそ成にける、始, 丹後國へ打越、漂泊して居たりしか、一揆の大將と成、近國の間津々浦々を繞り、海, 比屋といふ所あり、是即古の日野の舊地なり、此所民屋軒をつらね、富有の者多かり, 主此惡行を聞觸、いかにもして是を打留んと窺けれ共、其義勢中々冷き有樣なれは、, しか、鹿助此所を居住とし、方々へ夜討をかけ、濫妨をなしけれは、近邊の領主・城, 雲州・伯州の間に於て一揆を起し、所々に城を取立、勝久還住の籌策を廻らし、數年, 海賊濫妨の爲にとて、丹後の國を推出し、忍て當國に來り、巨濃郡の海邊を彼方此方, 天正元年八月一日, 入リ岩本ヲ, 相山城ヲ普, ヨリ因幡ニ, 住ノ地トナ, ヲ集メ丹後, 日比屋ヲ居, 請シ之ニ據, 侵ス, 幸盛牢人等, ス, ル, 天正元年八月一日, 一九
頭注
- 入リ岩本ヲ
- 相山城ヲ普
- ヨリ因幡ニ
- 住ノ地トナ
- ヲ集メ丹後
- 日比屋ヲ居
- 請シ之ニ據
- 侵ス
- 幸盛牢人等
- ス
- ル
柱
- 天正元年八月一日
ノンブル
- 一九
注記 (28)
- 409,691,60,2180皆其城々の用心嚴しくして打留んとする者はなかりけり、頓て巨濃郡浦富相山の城に
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