『大日本史料』 10編 17 天正元年8月 p.97

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するところの敵首を、前波氏にしめして、その姓名をとふ、前波がいはく、これ朝倉, ゝみて、敵兵とあひたゝかひ、疵をかうふるといへども、つゐにその首をとり、信長, く、これは我若年より太刀の鞘にかけて、軍中に所持の短鞋なり、今汝にさつけて、, 家來の軍將中村彦右衞門が首なり、中村首をさつくるときは、朝倉滅亡すてにいたら, 軍功を賞すとなり、これをおもふに、このとき正吉鞋を著するゆへなり、さて正吉獻, んのみ、, 元龜四年八月十四日、越前八田口刀根山にて、信長公と朝倉義景と合戰の時、, に獻す、信長其功を感じ、正吉につけていはく、正吉が勇いまにはしめすといへども、, 名古屋市水筒先町五十七番地, 〔史料蒐集目録〕, 今日は殊に諸士にすくれたりとて、すなはち其短鞋を, 兼松龜吉郎, 足半一足, 兼松正吉、, 正吉にたまはりていは, 天正元年、越前と近江のさかひ刀根山一戰の刻、正吉先手にす, ○現豐清二公顯彰館, 八十四, 半といふ、, ノ所藏ニカヽル, 明治三十七年愛知縣, 俗これを足, 又四郎、後修, 理亮と號す、, なか, ニ與ヘシ足, 中村彦右衞, 信長ノ正吉, 門ヲ討ツ, 兼松正吉, 半, 天正元年八月十三日, 九七

割注

  • ○現豐清二公顯彰館
  • 八十四
  • 半といふ、
  • ノ所藏ニカヽル
  • 明治三十七年愛知縣
  • 俗これを足
  • 又四郎、後修
  • 理亮と號す、
  • なか

頭注

  • ニ與ヘシ足
  • 中村彦右衞
  • 信長ノ正吉
  • 門ヲ討ツ
  • 兼松正吉

  • 天正元年八月十三日

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  • 九七

注記 (33)

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