Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
商賣人も兒嶋・西大寺、其外國中又近國よりも、富家の町人來り住て、城下賑ひける、, といふ者居城たり、其時まては狹少にて、西の方計なりし、其子金光與次郎宗高、つ, といふ嶋山なりし、後世地かたとなりて、岡山といひて、正平の始、南都に仕へし上, 神太郎兵衞尉高直といふ者居たりし、其後はるか世を經て、大永の比にや、金光備前, 又山陽道の驛路、上道郡・御野郡の北の山下を通ひけるをも、今度完甘の山はなより, への働き手つかひ能、往還自由なるやうに成ける、もとより岡山の地勝れたる城地に, 同年の秋、直家沼の城より岡山の城へ移徙あれは、家中も家屋敷を作りて爰に移る、, 寺山科町へ岡山の地より移されし事、皆此時なり、, かくて天下無異に治りけれは、秀家卿の居城造營の事あり、扠て此岡山の地は、大嶋, 野中へ出て、岡山の城下を通ひ、萬成村の小山を越へて、辛川へ出る道を作り、諸方, 岡山城改て築添る事, て、諸國へ通路・運漕自由なれは、年々に廣大になり、繁昌して今に至れり、, 按るに、今村宮今の社地へ鎭座あり、蓮昌寺上道郡森下村へ移り、, 岡山, 〔備前軍記〕五, 今御堂屋敷と, いふ所なり、, 城下町ノ繁, 岡山城ノ由, 岡山城ニ移, 山易道ノ驛, 路ヲ變更ス, 徙ス, 昌, 緒, 天正元年是秋, 一七七
割注
- 今御堂屋敷と
- いふ所なり、
頭注
- 城下町ノ繁
- 岡山城ノ由
- 岡山城ニ移
- 山易道ノ驛
- 路ヲ變更ス
- 徙ス
- 昌
- 緒
柱
- 天正元年是秋
ノンブル
- 一七七
注記 (27)
- 1777,681,68,2210商賣人も兒嶋・西大寺、其外國中又近國よりも、富家の町人來り住て、城下賑ひける、
- 268,677,66,2168といふ者居城たり、其時まては狹少にて、西の方計なりし、其子金光與次郎宗高、つ
- 517,687,68,2167といふ嶋山なりし、後世地かたとなりて、岡山といひて、正平の始、南都に仕へし上
- 394,672,68,2185神太郎兵衞尉高直といふ者居たりし、其後はるか世を經て、大永の比にや、金光備前
- 1656,681,66,2183又山陽道の驛路、上道郡・御野郡の北の山下を通ひけるをも、今度完甘の山はなより
- 1409,686,70,2175への働き手つかひ能、往還自由なるやうに成ける、もとより岡山の地勝れたる城地に
- 1900,684,68,2152同年の秋、直家沼の城より岡山の城へ移徙あれは、家中も家屋敷を作りて爰に移る、
- 1047,731,61,1289寺山科町へ岡山の地より移されし事、皆此時なり、
- 644,676,65,2185かくて天下無異に治りけれは、秀家卿の居城造營の事あり、扠て此岡山の地は、大嶋
- 1531,680,70,2186野中へ出て、岡山の城下を通ひ、萬成村の小山を越へて、辛川へ出る道を作り、諸方
- 776,792,54,507岡山城改て築添る事
- 1290,678,66,1972て、諸國へ通路・運漕自由なれは、年々に廣大になり、繁昌して今に至れり、
- 1166,735,66,1709按るに、今村宮今の社地へ鎭座あり、蓮昌寺上道郡森下村へ移り、
- 1166,2757,49,104岡山
- 904,659,76,436〔備前軍記〕五
- 1193,2493,44,258今御堂屋敷と
- 1150,2499,43,223いふ所なり、
- 1331,325,43,219城下町ノ繁
- 681,324,40,213岡山城ノ由
- 1941,331,40,214岡山城ニ移
- 1699,329,38,214山易道ノ驛
- 1652,327,40,207路ヲ變更ス
- 1900,330,38,77徙ス
- 1292,327,37,39昌
- 636,319,40,44緒
- 175,711,46,257天正元年是秋
- 163,2542,46,110一七七







