『大日本史料』 10編 18 天正元年9月~同年11月 p.179

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

萬成山を越て、辛川村へ出る道を作り、諸方への働の手つかひよく、往還自由なる, ては、便り惡しかりしに依て、今の社地へ移すといふ、中水手門の邊といふ、, 泉守直家、沼城より當城へ移りし時、今の地へ本丸をうつし、郭とも多く築添、廣, つけかへしかるへしとて、宍甘村の山のはなより野中へ出て、當府城下をかよひ、, 城内, 喜多直家岡山城へ移徙ありて、當府の繁昌せんことを諸臣に問けるに、衆議驛路を, くせしなり、此地に酒折宮鎭座ありしを、時の人岡山大明神と稱しけるか、城内に, 諸士の屋敷商家等追々増し、日々に榮へける故、右之市場等にて六さいの市をやめ、, 山陽道の驛路、古は上道郡辰の口山、御野郡半田山の裾を通りけるを、天正元年宇, 當城は古へより今の廟堂處本丸にて、甚た狹少なりしを、天正元年癸酉、宇喜多和, 西大川筋に問屋等出來、國中の商家共きそい集りて、大都にそなりにき、, かくのことく商家少なかりしに、天正元年、宇喜多直家沼城より當府へ移徙にて、, 當城の主となり、追々家臣の屋敷等あり、町家も諸方の富家集り繋昌しけり、〓中, やうにせしといふ、, 天正元年是秋, 此普請, ○中, ○中, 略, 總奉行, 略, 岡山城内, 天正元年是秋, 七九

割注

  • 此普請
  • ○中
  • 總奉行

頭注

  • 岡山城内

  • 天正元年是秋

ノンブル

  • 七九

注記 (24)

  • 1014,730,72,2125萬成山を越て、辛川村へ出る道を作り、諸方への働の手つかひよく、往還自由なる
  • 262,722,70,1972ては、便り惡しかりしに依て、今の社地へ移すといふ、中水手門の邊といふ、
  • 513,724,72,2128泉守直家、沼城より當城へ移りし時、今の地へ本丸をうつし、郭とも多く築添、廣
  • 1143,736,70,2085つけかへしかるへしとて、宍甘村の山のはなより野中へ出て、當府城下をかよひ、
  • 782,665,52,111城内
  • 1267,728,72,2128喜多直家岡山城へ移徙ありて、當府の繁昌せんことを諸臣に問けるに、衆議驛路を
  • 388,717,71,2123くせしなり、此地に酒折宮鎭座ありしを、時の人岡山大明神と稱しけるか、城内に
  • 1647,734,68,2147諸士の屋敷商家等追々増し、日々に榮へける故、右之市場等にて六さいの市をやめ、
  • 1396,729,69,2132山陽道の驛路、古は上道郡辰の口山、御野郡半田山の裾を通りけるを、天正元年宇
  • 639,723,71,2131當城は古へより今の廟堂處本丸にて、甚た狹少なりしを、天正元年癸酉、宇喜多和
  • 1525,738,67,1864西大川筋に問屋等出來、國中の商家共きそい集りて、大都にそなりにき、
  • 1768,744,68,2084かくのことく商家少なかりしに、天正元年、宇喜多直家沼城より當府へ移徙にて、
  • 1887,734,77,2102當城の主となり、追々家臣の屋敷等あり、町家も諸方の富家集り繋昌しけり、〓中
  • 908,730,55,486やうにせしといふ、
  • 173,706,45,256天正元年是秋
  • 291,2720,41,129此普請
  • 1553,2635,42,80○中
  • 933,1245,41,77○中
  • 1509,2636,41,38
  • 244,2720,42,129總奉行
  • 888,1246,38,38
  • 788,320,41,169岡山城内
  • 173,706,46,257天正元年是秋
  • 159,2542,43,104七九

類似アイテム