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奢侈言語に絶たり、是を見て或老人か曰、孔子觀於魯桓公廟有〓器、子曰、吾聞宥, 足なし、仍て一門家の子を始、諸臣等他の愁を知らす、郷民の歎をも顧す、朝暮の, す、是會津の城と號す、されノ盛氏奥羽の間に良將とい〓れ、家富榮ぬれハ、何不, 年老ぬれノ、嫡子平四郎盛興に家を讓り、桑の門にも入なんと思處に、天正三年六, 〔新編會津風土記〕, に滿れノ覆らん事笑止なれといふに違ハす、幾程なくして衰しこそ方見けれ、盛氏, 坐之器、虚則〓、中則正、滿則覆、明君以爲至誡、故常坐側置、去蘆名の家も十分, 月五日、盛興廿九歳にして父に先立卒す、盛氏愁に絶す、二男平八ノ其心愚にして、, 子盛隆に妻ハせ、盛氏の入道して止々齋と號し、岩崎といふ所に閑居して有けるか、, 家を讓らんにも難叶、爰に岩瀬郡須か川の二階堂遠江守盛義に二子有、彼等か母ノ, 同八年六月七日、行年六十歳にて薨す、, 我妹なれノ、其嫡子を乞受て養子とし、蘆名の家をそ繼せける、是左京亮盛隆也、, 前の盛興か妻ノ伊達晴宗か末女にて、二階堂盛義か今の妻の妹也せハ、幸にして養, 稻荷神社, 十一陸奥國若松之, 府城帶郭, ○下, 略, 府城, 十一, アルトノ説, 盛興ニ實弟, 天正二年六月五日, 二七六
割注
- 十一陸奥國若松之
- 府城帶郭
- ○下
- 略
- 府城
- 十一
頭注
- アルトノ説
- 盛興ニ實弟
柱
- 天正二年六月五日
ノンブル
- 二七六
注記 (24)
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