『大日本史料』 10編 24 天正2年8月~9月 p.180

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佐瀬大和守を使者として、今日の御手柄感心すくなからず候と、禮儀を正しくしてぞ謝, 村父子の働の次第父の元へ委細に云送られけれは、盛氏喜悦なゝめならず、隆顯の元ゑ, 年九月六日死去せられぬ、謚して前藝州大守長岳泰公と號す、子息右京大夫清顯相續し, 歸城せられける、隆顯は三春の城え歸て病腦醫術を盡さるるといへ共、叶わずして天正二, れは、石川・千石等悉く敗北して引退く、盛興則生捕十一人に、驗五十二を相添て、田, せられける、かゝる所に、隆顯以の外病腦を發して陣中にたまられず、二三日が間中田, と云所に引退て養生せられけれとも、氣色勝れざりければ、盛氏に使者を以申され、田村え, て田村を領せらる、田村彈正少弼顯氏は、父に離れしより世の中萬に付て面白しとも思, て羽黒の城主石川近江守と云者討れにけり、其外究竟の首五十二、雜兵五百餘人討れけ, はれざりしに、又兄隆顯卒去せられければ、彌世をあじきなくや思はれけん、忽法躰し, て法名月齋有繋とぞ號しける、, ○下, 史七所收, ○三春町, 略, 年月、, 〓、田村系譜〕, 天正二年九月六日, 一八〇

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  • ○下
  • 史七所收
  • ○三春町
  • 年月、
  • 〓、田村系譜〕

  • 天正二年九月六日

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  • 一八〇

注記 (19)

  • 1383,632,64,2320佐瀬大和守を使者として、今日の御手柄感心すくなからず候と、禮儀を正しくしてぞ謝
  • 1492,630,63,2320村父子の働の次第父の元へ委細に云送られけれは、盛氏喜悦なゝめならず、隆顯の元ゑ
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  • 1274,640,62,2309せられける、かゝる所に、隆顯以の外病腦を發して陣中にたまられず、二三日が間中田
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