『大日本史料』 10編 24 天正2年8月~9月 p.200

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然と勝頼の人數御陳所へ懸る時に、酒井・石川か人數南の方ゟ横を可討と出る、是を見, ふにて見物して居る所敵渡す故、皆アンマノ御陳所之方へ引取、甲州勢皆渡る内、山形, て甲州勢小勢と見せて、大分南の方ゟ加勢來る、横を討積りと見ゆる、先々人數をあけ, か備別而能渡る、段々アンマノ御陳所の方へ寄る、神君は七千を九手に被成、酒井左衞, 申時、半は迄不行内跡へ〓す、彌笑、勝頼腹を立、又上の瀬朝比奈駿河武秀か備先ゟ須, 藤左衞門・石原五郎作・長谷川左近三人にて乘込、勝頼見て、あれ惣藏、五人返るを見, 門・石川伯耆三千にて申合、町濱の方へ參る、早晩景になる、神君御人數少故、押懸可, よと甲州人數を引、神君は酒井・石川か手段を御存知なく、早く人數を寄よと被仰遣、, 勝頼自身渡さるゝ故、こな一同に渡す、大軍打入は水横に流るゝといふ、竟に渡す、向, も不屆、あかゑひらをたゝき笑ふ、勝頼彌腹を立、下の瀬板垣備ゟ河野傳左衞門・平原, 新藏・志村金右衞門・宇野氏・武井氏五人つれにて乘込、やれ人數をつゝけよと勝頼被, て、三人渡すは流れるに簡と見ゆる、我を手本に渡せと被申、いやと申なから惣藏乘込、, 加藤一甫齋を呼と被申、鐵炮の上手也、此方をまねく奴を打と被申付、畏候と打けれと, 能時分可參と申上、扠右之通仕、兩雄と御感被遊候、此砌柴田七九郎を物見に被遣、七, 天正二年九月七日, 二〇〇

  • 天正二年九月七日

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  • 二〇〇

注記 (16)

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