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居す、, 天正十年、信長害にあふとき、大權現和泉の境より甲賀の山路をへて御下向の刻、, 治をくはふといへとも、しるしなくして、翌日、つゐに死す、ときに十六歳、法, 信長につかへ、父の遺跡をつゐて黒田の城を領す、そのゝち流落して江州甲賀に, 義昭入洛のとき、和田伊賀守と同供奉、そのゝち信長より尾州黒田の城を給はり、, 是を領す、, 新助、生國近江、, 名學榮、, 天正二年、勢州長島にをひて一向宗誅罪のとき討死、, 八郎、生國同前、, 〔寛永諸家系圖傳〕, ●定利(朱引), 天正二年九月二十九日, 百四十七宇多源氏, 和田, 定教, (朱引), 和田定利, 法名學榮, 天正二年九月二十九日, 三五〇
割注
- 百四十七宇多源氏
- 和田
- 定教
- (朱引)
頭注
- 和田定利
- 法名學榮
柱
- 天正二年九月二十九日
ノンブル
- 三五〇
注記 (21)
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