『大日本史料』 10編 28 天正3年正月~3月 p.55

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險易、勢の多少を能く存て候、先陣の内へ被加候は、如形心烈を可と軍訴を致す條、, 中にも、丹下與兵衞尉は赳強の敵貳人討取、頸二つ打物の鋒に貫て、しづ〳〵と歸る處, れは輙く落べしとは見へさりけり、親成父子案内者なれは、斯のつまり彼の難所に開き, 合せ、我先にと圧際まて差よすれは、内より城主凸弟三村大大藏・同七郎左衞門・宮ノ内, 藏大輔・丹下與兵衞以下、馳出て鎗を合す事三五〓、敵味方宗徒の軍士、手負死人無限, 士口川・小早川各感心議有て、頓て鞆の津へ飛戟を以て及上聞、是そ軍祥の訴訟、重〓の, の城へ押寄す、彼の城主三村右京亮政親は、元親一族にて、無隱勇將也、兵〓子〓からさ, 心義なりとて、名馬御劍を被下たり、親成描〓目、先導を致す、凡そ、誅伐時を不延は, リ、此間所々テ討ルヽ者、城中一輕部治部・近藤掃部・布寄左衞門太夫・同内藏助, 軍の法也、今日軍勢を配分して、敵の峠城を屠〓つべしと、十二月廿三日に手の庄國士ロ, 時に三村孫兵衞尉親成は、三白餘騎にて馳參り、某し國の案内、城の, 神原・矢田□下也、奇千宗近十郎・神津原・梶屋・難波・大槻ナドヽカヤ、, 了軍勢含松山事附手莊城沒落輔, 〔備中兵〓記〓, 〔備中兵〓記〕〓内關文庫所藏, 月二十日ノ條ニ收ム, ○中略、天正二年〓十, ○内閣文庫所藏, 上, 天正三年正月一日, }玉圧

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  • 月二十日ノ條ニ收ム
  • ○中略、天正二年〓十
  • ○内閣文庫所藏

  • 天正三年正月一日

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