『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.1003

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城主中條某, き、敵兵城外に出第、防き戰ふといたとも、しは〳〵敗走し、味方進みて天, はち陷〓, 王山に陣す、信成敵城み近寄て、挑之戰ふのとき、城中より放つところの, ひ、八年、酒井將監某、三河國上野城に楯籠なみより、これを攻をまふのと, 衞門某をしし、これを攻しめたまふにより、信成も其陣にありて奮戰し、, 家人、朝比奈備中守泰能か籠なところの、遠江國掛川城を攻〓まふのし, き、したかひたてまつり、急に進む第城門にいたり、御馬前呆しが、坂部造, 力戰す、六年、一向門徒逆亂のとを、岡崎城にまいりて、しは〳〵賊徒と戰, 三部にわかち、一軍は正兵とし、二軍を遊兵とし、三軍を護衞とす、信成、酒, 軍功をあらはす、三年五月十八日、尾張國丸根城を攻をまふのとき、軍を, を攻〓あふのときは、衆に抽ず城に迫り, 井左衞門尉忠次等とおれしく、護衞の陣に列す、このとし、三河國擧母の, なきを賞さられ、三河國中島にをいて、釆地を〓まふ、十二年、今川氏眞か, 酒丞某と戰ひ、勢の首を取、將監某たゐに力屈し第駿河國に遁れ、城すれ, 三河國廣瀬城に據て叛き〓てまつるのとき、父彌次右, 信成か軍功比類, 慶長十七年七月二十四日, ○酒井忠尚ノ、上野城二據リテ叛スルハ、永祿, 六年、其城ノ陷ルハ、同七年二月ノコト二係ル, ○別本内藤家譜, 佐久間氏トアリ, 本内藤家譜二ハ, ハ、三宅氏トアリ、, 城ヲ攻ム, 三河廣瀬, 慶長十七年七月二十四日, 一〇〇三

割注

  • ○酒井忠尚ノ、上野城二據リテ叛スルハ、永祿
  • 六年、其城ノ陷ルハ、同七年二月ノコト二係ル
  • ○別本内藤家譜
  • 佐久間氏トアリ
  • 本内藤家譜二ハ
  • ハ、三宅氏トアリ、

頭注

  • 城ヲ攻ム
  • 三河廣瀬

  • 慶長十七年七月二十四日

ノンブル

  • 一〇〇三

注記 (28)

  • 1338,739,54,347城主中條某
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