『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.87

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して跡つふれ申候、, 内若き時の事也、, といふ者材有、太閤に一味し味方致さんと云, て無子して、跡つふれ申處に、少將樣、佐枋跡はつふすへからすとて、石田, と云、明智事注進有しを、太閤計知れり、敵方も聞たりと云は非也、, 鶴右衞門二男を跡に御立被成、佐枋彌右衞門とて居けるか、あほうつく, は浮田殿也、宰相殿は幼少也、父は腰ぬけて用にたゝす、家老に岡野豐前守, 貞享四年卯の十月、安兵衞物語之通書付也、, に和議にして大將計切腹し、諸卒を助られけり、大將筏に乘て出て切腹す, 前を通りて、備中高松の城へ取かく、此城は毛利家の持にて、毛利の臣城を, 搆へて居たり、水攻にし、〓に落城せんとする時、明智謀反の事注進有、此故, 村瀬安兵衞は、伊木勘解由にて二百石也、右當家の物語を聞候は、浪人の, 子とし、少將樣より二百五十石被下、是も佐枋彌右衞門と申けるか、死し, 〔明良洪範續篇]五秀吉公、毛利家ト備中ニテ對陣セラレシ時、長谷川宗, [老人雜話〕乾太閣は明智謀叛の時は、高松城を攻、備前は既從へり、備前, 此故に備, 時に宰相殿を聟に, せんと云約束なり, 岡元忠, 天正十年六月四日, 八七

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  • 時に宰相殿を聟に
  • せんと云約束なり

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  • 岡元忠

  • 天正十年六月四日

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  • 八七

注記 (21)

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