『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.233

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する附近湖中の島に引き揚ぐるに决したり、是は此島の住民なる僞りの, 留めたり、彼は十字架一基と、聖母の小像、銀製燭臺、香爐、香舟、聖盃、及びパー, に舟に乘れり、家の番人として、日本人ヴイセンゾに六七名の人を添へて, 物少々を携帶せり、殆んど皆日本の服裝をなし、識られざる樣にして行け, を放ち、出でて、明智に合體せり、我徒も一切人間の援助を失ひ、沖の島と稱, トレヴイジタドールの遺留せし緋天鵞絨の裝飾、同所にありし高價の品, かりき、之に依り、土曜日, を負ひて、此所彼所に逃げ、又謀叛人等の到著に先ち、掠奪を行ふ者もあり, 大に努力して橋を再架せり、此間安土に於ては、流言甚だ多く、刻々敵の到, るを待ちて、屡々驚かされ、諸人爲すべき所を知らざりき、萬事顛倒し、家財, までは、進むこと能はざ, 友の勸めに從ひしなり、彼は船頭等と談合し、パードレ等を掠奪し、又〓戮, き、貴族の一人信長の勸めに從ひて、此地に邸を建てたる者、自ら建築に火, せんとせしなり、斯くて金曜日パードレ・オルガンテイノは、二十八人と共, りしが、〔川は流れ甚だ疾く、又深きが故に、不可能事と思はれたるに〕明智は, 一橋を斷ちたるを以て、確なる事實を探知すること能はず、騷擾一〓甚し, ○六月二十三日ニシテ、天, 正十年六月四日二當ル, 光秀架橋, 市中ノ掠, 耶蘇會員, 逃ル, 沖ノ島二, おるがん, 斷ツ, 瀬田橋ヲ, 奪, ていの, ス, 天正十年六月五日, 二三三

割注

  • ○六月二十三日ニシテ、天
  • 正十年六月四日二當ル

頭注

  • 光秀架橋
  • 市中ノ掠
  • 耶蘇會員
  • 逃ル
  • 沖ノ島二
  • おるがん
  • 斷ツ
  • 瀬田橋ヲ
  • ていの

  • 天正十年六月五日

ノンブル

  • 二三三

注記 (31)

  • 993,608,69,2188する附近湖中の島に引き揚ぐるに决したり、是は此島の住民なる僞りの
  • 529,608,71,2184留めたり、彼は十字架一基と、聖母の小像、銀製燭臺、香爐、香舟、聖盃、及びパー
  • 648,610,73,2183に舟に乘れり、家の番人として、日本人ヴイセンゾに六七名の人を添へて
  • 292,599,76,2197物少々を携帶せり、殆んど皆日本の服裝をなし、識られざる樣にして行け
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