『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.288

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二百はかり三組に分て、付城普請中ニはし〳〵へ夜討を被討よ、皆々功, 者にて候間、不及申候、姫地「は。歸城候とても、三日と逗留仕ましく候、其ま, 候、其中にも、津の國大名衆中川瀬兵衞、高山右近、鹽川黨以下の人〳〵よ, は仕置ニ被罷下候、西國を無難御のかれ候事、拙者式におゐてうとんげ, と奉存候、光秀何事付引つのらさる先ニ、御弔の合戰御尤ニ候、私體も其, 有間敷候、敵との間とをのくよと被見及候者、味方だなへは庇の小卷に, 一付城を定て二ツ計は付可申候、其内に夜討大將人數五百を頭とし、三百, たて、靜々と可被引取者也、此城毛利一たんに攻破る事し、中々おもひも, よらさる事〓るへき也、, り注進状、文躰は有増同篇に相聞え申候、惟任日向守事、江州安土の御城, 候時し、いかにもしつかに、付送る敵手痛く二三度被込返候者、別に子細, ゝ打出、光秀と。可打果覺悟なり、吉左右は自是可令申者也、さらは〳〵と, 御意にて、岡山えは無御寄、直に御通候事, 一それより御馬をはやめられ、御登の道すから、方〳〵よりの早飛脚到來, 心掛の事ニ御座候、津の國の於國中者、御馳走可仕候間、早速御登奉待候, 天正十年六月六日, 鹽川黨, 中川清秀, 高山長房, 天正十年六月六日, 二八八

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  • 鹽川黨
  • 中川清秀
  • 高山長房

  • 天正十年六月六日

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  • 二八八

注記 (21)

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