『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.468

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り歸り、都を距る四哩の鳥羽と云ふ所に、一萬人を率ゐて屯し、都より九哩, 神の御助に信頼して、自ら抑ふる能はず、敵に對し進出せんことを望めり、, 國の重要なる領主三人は、〓に進軍せる羽柴の援助を頼み、兵を率ゐて出, ジユストは羽柴の軍勢の速に來らざるを見、自ら行きて危險の迫れるを, 親切なるべきかは、我等知らず、前に述べし如く、明智は此時安土の攻圍よ, 陣せり、彼等は恊議の上、一人は其軍隊を率ゐて、山路より明智に向ひ、他の, 等を漸次味方とせんと力め、又羽柴の爲す所を見んと思へり、此遲滯と怠, は其間に兵士を適宜に配置せり、其數千に滿たざりしが、戰の熱に燃え、又, るを聞き、尚ほ三里餘後方にありし羽柴に急ぎ報知して、其來援を促し、彼, 慢とは、前に云へる如く、彼が破滅の原因となり、高槻を攻めんとせし時、此, の所に在る、シヨレジと稱する甚だ重要なる一城を攻め落し、諸國の領主, 告げんとせしが、此時明智の軍城門に著きたり、ジュストは戰に勇にして、, アマザチと云ふ所に攻め入ることゝなり、此地に入りて、明智〓に接近せ, 方に於て最も大にして、又最も有名なるものなり、第三番のジュストは、ジ, 人池殿と稱せるは、部下と共にジョンド河に添うて進めり、此河は當地, 〓), 淀河ニ沿, ヒテ進ム, 池田恒興, 鳥羽ニ出, 陣ス, 占領ス, 勝龍寺ヲ, 長房山崎, ヨリ歸リ, ニ向フ, 光秀て土, 天正十年六月十三日, 四六八

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  • 〓)

頭注

  • 淀河ニ沿
  • ヒテ進ム
  • 池田恒興
  • 鳥羽ニ出
  • 陣ス
  • 占領ス
  • 勝龍寺ヲ
  • 長房山崎
  • ヨリ歸リ
  • ニ向フ
  • 光秀て土

  • 天正十年六月十三日

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  • 四六八

注記 (29)

  • 1681,597,68,2193り歸り、都を距る四哩の鳥羽と云ふ所に、一萬人を率ゐて屯し、都より九哩
  • 390,607,68,2211神の御助に信頼して、自ら抑ふる能はず、敵に對し進出せんことを望めり、
  • 1217,595,70,2203國の重要なる領主三人は、〓に進軍せる羽柴の援助を頼み、兵を率ゐて出
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