『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.681

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て、事ゆへなく勢州長島に到著す, 五左衞門尉、南部久左衞門尉等、拔群に鑓をあはせ高名す、又此とき瀧川が, 次男八丸を、敵三人きたりて生取ひつたてゆきしか、しばらくあつて後、古, 一盆を退〓〕しむ、ま〓に武道の本意なり、しかのみならず、勢州の住人稻生, ころし、一人は痛手を負と、今一人は追ちらして、にゐに八丸をうばひかへ, 等すゝんてこれを追のくま、其時北條が軍勢雲霞のじとくに襲ひかゝま, 兵を率して、武州表にうち出、同六月十八日、軍勢を伏せこれを謀る、先達兵, やうの手柄をあらはさり、其後一盆萬死を出て一生をたもち、中山道をへ, がふゆへ、不日に諸勢を催し責上る、于時北條左京大夫平氏政、五萬餘の軍, 二三十騎を出して佩く處に、瀧川の先陣篠岡平右衞門尉、津田次右衞門尉, る、これ又無雙の高名也、此古市は元神戸侍なりしが、其比瀧川ににかへ、か, ば、一盆が軍士利をうしなひ敗走す、津田、篠岡等踏とゞまつて討死し、主人, 市九郎兵衞尉なにがし此事を聞つき、〓がて彼敵を追かず行き、一人は切, 隱さず關東の諸家に語る、諸大名其實言を感じて、諸事一盆が下知にした, [小田原記〕八瀧川合戰之莨, ○勢州軍記, 大抵同ジ, 衞門, 衞門, 南部久左, 稻生五左, 古市九郎, 兵衞, 天正十年六月十九日, 六八一

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  • ○勢州軍記
  • 大抵同ジ

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  • 衞門
  • 南部久左
  • 稻生五左
  • 古市九郎
  • 兵衞

  • 天正十年六月十九日

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  • 六八一

注記 (25)

  • 400,629,55,989て、事ゆへなく勢州長島に到著す
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