『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.394

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響渡りて夥し、敵味方入亂れ、手負死人をかへりみす、兩虎二龍の鬪こて、い, 迄打込、倒るゝ所を首打落、二の首に親の首を取添て歸りける、元親は先手, 野伯耆入道、其子備後守、同又六郎大勢の中へかけ入て、切死にこそ死にけ, 知し給へは、さしもの三好も強勢を碎かれて、散々に成て敗走す、其中に矢, に、さしもに廣き大河なれ共、大勢にせお留られ、逆水岸に餘り、十方に別れ、, 本の淵瀬は中々に陸地を行か〓く也、二萬餘騎の兵共、一騎も殘らす向の, 親の敵遁さしと詞を懸追欠る、敵ふりかへり見て、やさしやと二ツの首を, に軍始たるを見て、旗の手を進め給へは、二萬餘騎一度に川へ打入渡す程, 投捨、稻妻の〓く飛懸るを、玄蕃ひらいて打けれは、左の肩先ゟ右の乳の下, つ果へきとも見えさりけり、去れ共三好は小勢なれは、終に懸負色めき立, 隼人正も相懸りに懸て、互に數千挺の弓鐵炮放懸、時の聲、矢叫の聲、山川に, を見て、掃部か子玄蕃に斯としらせけれは、玄蕃聞も敢す、一文字に欠出し、, て見えけれは、元親大音擧、爰を揉や者共と、士卒の氣を勵し、〓透間なく下, 岸に欠上る、先手是に機を得て、先陣後陣一同に鬪を作て進みけれは、三好, れ、此又六郎と申は、土佐國安藝の領主備後守國虎か一子、千壽丸ト言しか, 矢野又六, 郎, 天正十年八月二十八日, 三九四

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  • 矢野又六

  • 天正十年八月二十八日

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  • 三九四

注記 (19)

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