『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.403

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いへり、, 兵ヲ進メテ、十河城ヲ攻ムルコト等、便宜左ニ合敍ス、, 天正十年信長薨ジ、阿波路ノ敵兵引上シカバ、元親其弊ニ乘テ、早速ニ兵ヲ, めるなり、是も見性寺に遺れるにて、歌乃傍注は大川和尚の解しかたか, 擧ントス、然レ〓凶年相ツヾイテ、又兵亂ニカヽリ、四國中粮食乏ク、運送可, 爲粮無レバ、秋毛ノ實ルヲ待テ、元親兵ヲ出サントス、阿讚ノ諸將ハ、信長歿, りしかは、飛鳥井卿の御考を願ひて、歌のかたはらに注し給ひしなりと, 右二十四首の歌は、戰死乃人々の妻子、或は由縁乃人、大塚の墓に詣てよ, シ玉フヲ聞テ力ヲ落シ、燈ノ消タルガ如シ、, 秋風になひく尾花をかたみにて答ふる物は虫の聲〳〵, 香西好清、香川信景ニ依リ、五郎次郎ニ降ルコト、尋デ、五郎次郎、好清等、, ○元親、次子香川五郎次郎ヲシテ、東讚岐ヲ略セシムルコト、藤尾城主, 〔南海治亂記〕九元親出陣於阿讚二路記, 諸人乃かたみは野邊の男めし杉菜交りに白露そ置, 思へともおもはぬとのみ思ひきやつれなく落る桐一葉かな, 政則, 河野右門太夫, 保行, (衞〓カ), 友成相模太郎, 河野右門太夫, 天正十年八月二十八日, 四〇三

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  • (衞〓カ)
  • 友成相模太郎
  • 河野右門太夫

  • 天正十年八月二十八日

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  • 四〇三

注記 (23)

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