『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.496

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て堅く守る、, 上手稻富伊賀祐直, 士卒を下知して〓, 手負も薄く成候、一色の家老鳥居彦八郎, る由申とも疑はし、重而可考、, 戰といふ事いふかし、然は右御感状御本書拜見せされは、御判物た, 其後大坂の役ニだ相從ひ、度々褒美を得て、都合三百五拾石を領し、, 忠興君も無程被押寄、御下知被成候、城中こは、天下ニ名を得たる鐵砲乃, 云々、, 走著、初より〓けるか、とせ口を不退よく鐵砲を打て矢間をからみ候間、, 豐州小倉こおひて病死すと云々、考こ、第一慶長五年會津表ニ而一, 搦手ゟ、二手ニ分て押寄る、城兵思よらす周章さわきなから、俄に門を閉, 玄蕃殿、康之。立行等は、相圖の火の手を見るとひとしく、弓木の城の追手, 人多く有之候、され共ひるます鐵砲打かけ候、中ニも澤村才八は、一番こ, て出る、御馬廻衆追手口ニ仕懸ける内、美濃七人衆しらみけるか、可兒清, 一書、義有討まし事を聞、家老鳥井佐五右衞門、弓木の城ニ楯籠ると, を初、弟子共數多有ける故、味方こも手負死, 〓長五年, 詳二出ス, 一ニ鳥井佐, 五右衞門, 長岡興元, 美濃七人, 等弓木城, 松井康之, 鳥居彦八, ヲ攻ム, 稻富祐直, 郎, 衆, 天正十年九月八日, 四九六

割注

  • 〓長五年
  • 詳二出ス
  • 一ニ鳥井佐
  • 五右衞門

頭注

  • 長岡興元
  • 美濃七人
  • 等弓木城
  • 松井康之
  • 鳥居彦八
  • ヲ攻ム
  • 稻富祐直

  • 天正十年九月八日

ノンブル

  • 四九六

注記 (32)

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