『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.125

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眞田道端居士の墳墓より、俄に水涌出て神川洪水と成しと云、, 危き由、度々急を告けれ共、近く共不苦〳〵とて見物して居たりけるが、最早吉の刻限, て、碁に打入ける、爰に來福寺と云軍配者、是も碁を見物してありけるが、敵城際近く, りしが、其儘水増出たると也、今に至て地下人共のさたに、眞田の長谷寺にある所の、, 近く寄來りしと急を告けれ共、少しも驚かず、何敵か寄た、よせた敵をば打てとれと云, り懸、急に追ける、寄手返し合せんとし、或引取んとしてひしめく處に、神川の水俄に, に乘て追來る、兩人は横曲輪へ引入給ふ、寄手是を不知、眞一文字に城際まて追來る、, 其時安房守殿城戸を開き、打て出給ふ、寄手長追して勞れたる上、新手の城兵勢ひかゝ, もなく敗しぬ、城兵は彌氣に乘て追討、寄手神川をなかば越たる頃、城兵とつと撰を作, 又一説に、伊豆守殿は兼て染か馬場に伏兵と成て居給ふ、城中には安房守殿、圍碁打て, も大半失けると也、寄手追立られて川端近く成し時、餘所の峯にて鐵炮の音三ツ聞えた, つて〓かゝりけれは、既に色めく處、伊豆守殿・左衞門佐殿横に入立給ふ故、寄手立足, 増來て、中を押ぬかれけれは、引おくれたる者共、一人も不殘討とられ、水に流れし者, 居給ふ、相手は禰津長右衞門成共、弟の禰津志摩なりとも云、既に常田口破れて、敵間, ルヽ事情, 神川ニ水溢, 天正十三年閏八月二日, 一二五

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  • ルヽ事情
  • 神川ニ水溢

  • 天正十三年閏八月二日

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  • 一二五

注記 (18)

  • 904,732,56,1575眞田道端居士の墳墓より、俄に水涌出て神川洪水と成しと云、
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