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り、鎧〓して込入らんとしたりけるか、大手搦手の戰既に終て、寄手引取たる砌なれは、, 粮盡て獨込をするより外、別の子細有へからすと、夫り寄手遠卷して戰を懸る事なく、, は、胤宗か家か手の人數を引付、猶進んて攻破らんと牙かミしてさゝへし處に、運の極, 塀に付て押破らんとひしめく處を、城兵矢炮を〓に飛せて、寄手命を殞するもの若干な, へ刀を合せん爲、船を塀下へ漕著させ、鬪の聲をとつと上ケ、一番に千葉次郎胤宗乘上, 城兵防くに便を得て、矢炮雨の降ことく放し懸る故、武州勢足を屯かねて見へたりしか, り、然は日も夕陽に昃くに付て、後陣う揚螺吹て悉ク引取たり、搦手にても結城晴朝の, 衞門佐・甥の遠山丹後守・外甥河村兵部少輔及ひ千葉次郎等川手り押寄セけるか、大手, 所從簗民部少輔・羽石内藏介・神尾右京亮・槇嶋主水佐等すくれたる働有、爰に遠山左, を關宿へさし籠メ、宇都宮廣綱は婿なれは使者を以手合の首尾を相調、その身は關宿の, 城將簗田中務太輔、最前に佐竹義重へ牒して助援の義を約しけれは、義重則加勢の人數, のかなしさ、鐵炮に中て塀う下へ眞逆樣に落けれは、城兵菊門圖書介其まゝ分捕したり, 後卷せん迚、常州を出勢せられけるか、内々武藏・下總の地に手を懸ん志し深かりしゆ, けれ、然は當城要害由中々一旦に落へきとも見へさりし程に、よく〳〵長陣せは、城内, 天正二年閏十一月十九日, 二四〇
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- 天正二年閏十一月十九日
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- 二四〇
注記 (16)
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