『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.728

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し、秀吉永き夜の為覺に、昨友は今日の怨讎と成、前榮は後衰と移り易りぬ, へしとて、於龍寶山大徳寺、十月初旬より、一七日の法事執行ひ奉らんと、あ, 誰有て期來日乎、厚恩を報せすして、衰ふる身と成なは、〓臍とも盆なかま, なんもいかゝ有へきと憚不輕は、とかう延來て、九月に至まて其沙汰もな, し一萬貫、并八木は播州より精白にして千石、大徳寺納所へ相渡し、奉行と, 意漸成て、十月十一日轉經、十二日頓寫施餓鬼、十三日懺法、十四日入室、十五, 又夥し、近國に侍る信長公にたかへ奉りし諸士集り會つゝ、御葬禮にあひ, の武士一萬有餘、守護路之左右、弓鐵炮其外鑓長刀を立たゝけ、冷しお事も, りには結埓、羽柴小一郎長秀警固大將として、大徳寺より十町計の間、警固, 日闍維、十六日宿忌、十七日陞座拈香、中にも十五日御葬禮の爲體驚目計也。, して、杉原七郎左衞門尉、桑原次右衞門尉副田甚兵衞尉を加へにけり、其用, 棺榔以金紗金〓裹之、軒の瓔珞、〓干擬寶珠、悉鏤金銀、八角の柱盡丹青、八面, の間の彩色御紋の桐引兩筋なり、以沈香雕刻佛像、奉安置棺榔之中、蓮臺野, 竪横廣大而續洛中、四門之幕白綾方百二十間、中有火屋、其體巍然たり、總廻, しかは、一入哀なり、御輿前轅池田小新, 後轅は御次丸舁給ふ、御位, 天正十年十月十五日, 後號三左, 衞門尉, 次右衞門, 家次桑原, 尉副田甚, 兵衞尉, 奉行杉原, 天正十年十月十五日, 七二八

割注

  • 後號三左
  • 衞門尉

頭注

  • 次右衞門
  • 家次桑原
  • 尉副田甚
  • 兵衞尉
  • 奉行杉原

  • 天正十年十月十五日

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  • 七二八

注記 (26)

  • 1691,658,76,2217し、秀吉永き夜の為覺に、昨友は今日の怨讎と成、前榮は後衰と移り易りぬ
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