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信玄をよび勝頼につかへ、し, て、織田城介信忠に〓す、七月、東照宮甲府に御進發あり、北條氏直としば〻, 行はるゝのむね、父子連名の御朱印を下さる、文祿二年六月死す、法名淨椿、, ば〳〵軍功をあらはし、天正十年、勝頼沒落のとき、武田左馬助信豊が後詰, 森山俊盛, し、相謀りて郡中に砦を構へ、日夜軍忠をはげますにより、鐵砲五挺、玉藥三, 門佐信蕃、大井民部少輔政成等にしたがひて御味方となり、信蕃が手に屬, 〻御合戰のとき、佐久郡の諸士大半氏直に屬すといへども、俊盛、蘆田右衞, 領安堵たるべきむねを沙汰す、よりてまた森山の城にかへり、一盆をもつ, をなさむと、新府より信濃國森山の城におもむく、時に信豐小諸にをいて, 自〓せしときこえしかば、上野國小幡に引退く、このときにあたりて、瀧川, 左近將監一盆、織田右府の命をうけたまはりて、小諸に來り、郡中の諸士本, 千放、及び粮米黄金等をたまひ、十一日、其賞として、信濃國與羅が遺跡を宛, 拜領仕候、, 平三伯母聟と而御座候得共、平三儀雜親族、御味方仕候ニ依而、平原一跡, 〔寛政重修諸家譜〕, いとけなきより信玄、勝頼につかへ、軍功をあらはす、天正, 盛房, 天正十年十一月四日, 十八, 五百六, 兵部丞、〇, 豐後, 俊盛ノ子、, 守、, 森山俊盛, 同盛房, 天正十年十一月四日, 九四六
割注
- 十八
- 五百六
- 兵部丞、〇
- 豐後
- 俊盛ノ子、
- 守、
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- 森山俊盛
- 同盛房
柱
- 天正十年十一月四日
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- 九四六
注記 (29)
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