『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.38

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に大桑城にうつり、ぬたゝひ道三を討んと議するのところ、頼純死し, 吉田に住し、一色にあらとむ、, 師に住し、大和國に赴き、松永彈正少弼久秀か多門城にとゝまり、其のち、, て、つゐに果のす、道三また居城を攻なかゆへに、越前國におもむくと, す、, いへとも、義景許諾さす、よりて上總國にいたり、眞里谷上總介頼尚か, 豐臣太閤につかへ、天正十五年、采地乃朱印をあたへられ、河内國古市郡, もとに寓居す、のち稻葉一鐵かむかふるに及ひて、美濃國大野郡岐禮, 郷に住し、天正十年十二月四日死す、年八十二、法名宗藝、岐禮郷に葬を, のうちにをいて、五百石を知行す、慶長年中、東照宮に拜〓し、本領を安堵, といふ、家説右のことくにして、寛永譜と異なるにより、其傳を別に録, 稱す、のち、道三か逆意のとき、軍功あをにより、勘氣をゆるさもて、武儀郡, 頼榮道三か讒により、父か勘氣をうけ、方縣郡村山郷に蟄居して、村山と, 頼次兄勘氣をかうふるにより、嫡子となり、父とおなしく領國を出て、京, し、のち獅子王の劍を拜賜す、これそのかみ、禁裡より源三位頼政にたま, 上總ニ之, 頼榮, 越前ニ赴, 頼次, ク, 天正十年十二月四日, 三八

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  • 上總ニ之
  • 頼榮
  • 越前ニ赴
  • 頼次

  • 天正十年十二月四日

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  • 三八

注記 (22)

  • 1791,719,71,2043に大桑城にうつり、ぬたゝひ道三を討んと議するのところ、頼純死し
  • 751,644,57,847吉田に住し、一色にあらとむ、
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