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なに成り候間、勝家早々長濱まて出陣〓られ、可然旨被仰遣々れは、勝家け, 形打なひプ、洛外寶寺へむき取たたふ、かねて三七殿より飛脚たむ〳〵に, 參候はゝ、人質を出さるへし、若内諾候ろ、さもなく候はゝ、討はたし可申字, 垣え入させたまひて、大波を打、方々の小城共を攻させたみふに、いつれも, て、秀吉此表へはたらき出、所々の城主共切したかへ、當城もはや便りすく, 幕下に屬をしとなり、それより岐阜近邊を放火し、十二月中旬迄に、濃州大, るは、我、勝家に恨ぬつくして、秀吉に一味す、汝等丸岡に老親妻子ある輩は、, 被申由風聞す、秀吉若君の御使として、是迄罷向ひ申候あむた、御味方に被, 越前へ歸、勝家に奉公すへし、又某に付したかひ、立身すへき心底相究輩は, にもとたもひ、身をもたへ侍れ共、雪いや重りて、出張すへき屋う〓なく、い, 妻子をぬすみ〓たし、長濱へ來るへしと被申られは、唯伊賀守を見放ち、越, も早速御味方に可參の返事にて、心底なく相見へくれは、其まゝ人數を大, めに、畿内の義心金鐵の勇士達を同道し、御迎に趣申由申され〓めは、氏家, たつらに日をたくりたもふ、去程に長濱伊賀守は、家中の者共に向て申ら, 被申々るは、當國は岐阜の城主三七殿に組し、主君信長公の嫡孫若君に、敵, ヲ勝家ニ, 氏家直通, 信孝救援, 乞フ, 天正十年十二月二十日, 一四五
頭注
- ヲ勝家ニ
- 氏家直通
- 信孝救援
- 乞フ
柱
- 天正十年十二月二十日
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- 一四五
注記 (21)
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