『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.714

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のろみ武田は兄、小笠原は弟たりといへとも、武田は代々國さふらひな, らは、本領相違なくりたすへきのむ、誓紙を以て申來る、長時返答に、そ, かなく中塔をのく〓きため、二木豐後、同土佐兩人を中塔に殘しをく、こ, か代にいたりて、武田か籏下につくへき事、先祖を恥かしむるおそれ有, 塔を始終ろゝへかたし、謙信をたのみ、越後に牢人すへしといつて、すゝ, の兩人、長時ろ越後にいたる事をきゝとゝけて、翌年の春、中塔の城をあ, き、堪忍なりかたろらんの間、幸に一門のよしみあるうへ、武田ろ籏下た, 時にをげていはく、信州を悉く我手にいきて、長時一人中塔はろりにて, 上義清、晴信にうちまけて、越後へ牢人す、其以後晴信方より、使を以て長, 過半うたれて、中塔に引退く、晴信も又士卒あまたうたれて歸陣なり、村, 在城の間、數度のたゝかひありといへとも、勝負を决せす、前後三年の暮, に、長時家老と評定していはく、信州こと〳〵く晴信に屬するうへは、中, り、小笠原は朝廷にすろへて、武田よりは上首たる事勿論なり、いま長時, 同心におよはすとて、晴信ろ誓紙をろへす、それより中塔に半年はろり, けて、長時か跡をしたひ、越後にいたる、長時越後におゐて、景虎懇情あさ, 天正十一年二月二十五日, 頼ル, ニ降ヲ勸, 晴信長時, ニ逃ル, 義清越後, 長時越後, 尾景虎ニ, ニ赴キ長, 七一四

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  • 頼ル
  • ニ降ヲ勸
  • 晴信長時
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  • 義清越後
  • 長時越後
  • 尾景虎ニ
  • ニ赴キ長

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  • 七一四

注記 (25)

  • 1200,648,62,2106のろみ武田は兄、小笠原は弟たりといへとも、武田は代々國さふらひな
  • 1313,641,65,2111らは、本領相違なくりたすへきのむ、誓紙を以て申來る、長時返答に、そ
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  • 963,651,66,2109か代にいたりて、武田か籏下につくへき事、先祖を恥かしむるおそれ有
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  • 267,653,69,2102の兩人、長時ろ越後にいたる事をきゝとゝけて、翌年の春、中塔の城をあ
  • 1431,643,62,2110き、堪忍なりかたろらんの間、幸に一門のよしみあるうへ、武田ろ籏下た
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