『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.67

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上しなり、中川、高山も土手を堺て、汗水に成て防き戰ひけるか、下小屋を燒, 六千おり下て、三尺計高き土手を堺て、不破彦三、佐久間久右衞門尉か勢と、, て候、急御出合なくは、危き事になるへく候やと乃ゝしる、張番之士聞もあ, 下小屋を燒候へと申付しかは、神部其勢を二手に分て、手かるき者計撰出, の陣屋を燒立しかは、武田か勢跡を燒立られ、度に迷ひしなり、あの要害乃, 事疑有〓からす、急き徳山より勢を分つかはし、陣屋をやき候やうにと、云, 立たるに度を失ひ、退散としを、引付て追行は、寔に蜘蛛の子を散しとまか, へす、鐵炮を以防戰ふ處に、志津嵩之要害より、中川瀬兵衞尉、高山右近、其勢, 隨へ、瀬兵衞か居城より襲ふ事もやと待かけたり、彼勢下小屋に至てみれ, は、悉く打出、人足之外用に立へき者曾てなかりしかは、頓て燒立、時を瞳と, し、城の山下へ廻り、下小屋を燒立よとて遣し、神部は六七百の勢を左右に, 揉に捫て防戰ふ、互に勝劣もなき武士なれは、入も立す、込入事もならて、勝, 麓へ廻り、下小屋を燒候へ、けるほとならは敵跡を燒ま、度を失て敗北たん, つかはしけれは、尤可然とて、神部兵右衞門尉に一千餘騎を引分相添、敵の, 負區々なりし事數刻に及〓り、玄蕃允思ふやう、昔於三州長篠之地、鳶巣山, テ敵ノ後, 盛政秀現, ノ兵ヲシ, 方ニ放火, 高山重友, 神部兵右, 中川清秀, ヨク防グ, 衞門尉, セシム, 天正十一年四月二十日, 六七

頭注

  • テ敵ノ後
  • 盛政秀現
  • ノ兵ヲシ
  • 方ニ放火
  • 高山重友
  • 神部兵右
  • 中川清秀
  • ヨク防グ
  • 衞門尉
  • セシム

  • 天正十一年四月二十日

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  • 六七

注記 (27)

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