『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.73

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利、しすましたりといへとも、其氣に乘す、早速引取可得大利もの也、勝家ノ, み峠へ掛り、賤ケ嶽乃麓へさかり、うみへを忍ひ、諸卒一度に中川か城へ押, に、何もかたくして早速には不可落、此に賤ケ嶽の尾末、海山の要害二ケ所, 左衞門父子を可置、佐久間三左衞門には、賤ケ嶽を押へさすへし、拜郷五左, は普請近くして未かたまらざるの儀也、今晩夜中に、此尾つゝきより、たる, へしと、ゆゝしく申をれ〓、勝家聞たまひて、汝申條尤也、しかりといへと、他, 込、一刻責に攻ならは、中川は即時に可討取、堂木の城ノおさへには、前田又, 衞門、原彦次郎、不破彦三、徳山五兵衞、此者共同心して打破むに、何の子細有, 麁相にて、壁なともあら〳〵敷、土炎ともかたまらす候間、此城へ取掛申御, とも不覺、賤ケ嶽の城は猶以也、爰に海山二ケ所の要害は、此中出來申普請, 勝家の陣所へ伺公して申きるは、山路を近付、ひそかに敵の要害を相尋る, 申けるは、柵近邊取出の普請念を入、其上壁なとも慥に候間、たやすく可落, 國へ出ての中入と云ものは、一大事の物也、自然仕損しぬれは、味方大に無, 謀可然候はんと申きれは、玄番きにもと思ひ、其智略をめくらしける、玄番、, 去程に、玄番は將監を近付ケ、敵陣を可破手立相談す、將監、玄番にひそかに, 山攻撃ヲ, 盛政岩崎, 勝家ニ勸, 岩崎山大, 堅固ナリ, 麁相, 岩山ノ要, 地ハ要害, 害ハ普請, 秀吉ノ陣, 天正十一年四月二十日, 七三

頭注

  • 山攻撃ヲ
  • 盛政岩崎
  • 勝家ニ勸
  • 岩崎山大
  • 堅固ナリ
  • 麁相
  • 岩山ノ要
  • 地ハ要害
  • 害ハ普請
  • 秀吉ノ陣

  • 天正十一年四月二十日

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  • 七三

注記 (27)

  • 304,614,62,2201利、しすましたりといへとも、其氣に乘す、早速引取可得大利もの也、勝家ノ
  • 1007,618,60,2210み峠へ掛り、賤ケ嶽乃麓へさかり、うみへを忍ひ、諸卒一度に中川か城へ押
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