『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.140

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まかさよとて、二三度引歸し鑓を合を〓退ましか、何れも鑓を以たゝ〓あ, は、〓もけつと引にけり、青木は其中にて行年おとりしほとに、跡をは吾に, 六千之勢を、やう〳〵にして、志津嵩の北なる山へ引上、余語之海邊よりお, 嶋猪兵衞、鷲見源次郎、鷲津九藏、毛屋新内なと引返しては〓倒し、〓退けれ, り、柴田三左衞門尉は、三千餘騎の勢を卒し、志津嵩の嶺筋なる堀きりを、前, 人之兵共歸し合せ、あまたゝひ戰ひし故、後は原か勢にはしたはらりしな, 番母衣之者を以被仰付しかは、心得候と云もはてす、ひしと引附、堀切より, し出し、志津嵩城乃南に御旗を立させられ、弓鐵炮之かしら分共に、堀きり, 之日越つゝ、南に向く勢を備へ、敵勢をおけへ有けるか、兄の玄番允一萬五, ひけるに、青木計引ぬき〳〵〓しかは、敵思ふ程には付さりけわ、如此六七, し上る勢つおはへ有しか、三左衞門尉方へ、我勢ははやなんなく引退きし, らんとせし處に、秀吉卿は夜の明るを待兼、木の本を万たほのくら〓にお, 引上候を、かけ渡しにねらひすましうたせしかは、時のまに手負二百人餘, のこなたなる勢は、只今, 也、急き是万て引取候へと、使者兩度に及しかは、さらは玄番允と一手にな, 引取と見えしそ、急き走著うたせよ〳〵と、使, 巳ノ, 時, キテ盛政, 衞門尉退, ノ兵ニ合, 柴田三左, 三左衞門, 尉ノ兵ヲ, 秀吉急ギ, 撃タシム, 郎ノ奮鬪, 青木勘七, セントス, 天正十一年四月二十一日, 一四〇

割注

  • 巳ノ

頭注

  • キテ盛政
  • 衞門尉退
  • ノ兵ニ合
  • 柴田三左
  • 三左衞門
  • 尉ノ兵ヲ
  • 秀吉急ギ
  • 撃タシム
  • 郎ノ奮鬪
  • 青木勘七
  • セントス

  • 天正十一年四月二十一日

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  • 一四〇

注記 (31)

  • 1555,619,63,2214まかさよとて、二三度引歸し鑓を合を〓退ましか、何れも鑓を以たゝ〓あ
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