『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.143

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番允勝に乘不引取を悔み怒り、急引取候へと、使者敷波を立云遣しか共不, 此相手は拜郷、淺井、山路、宿屋なりしか、三人は討死し、宿屋は退し也、玄番, 彦彌五右衞門尉、水野助三なと鑓を以はらひ退にしたりし間、廿町計の, 兄弟か勢廿町計鑓を以拂ひ退にせし内に、小原新七、宿屋七左衞門尉、安, 説を云、こゝもかしこも以外さはき出、怯弱なる者共は、多く頓疾虚病に事, る由甚太郎語りし也、, 柴田小姓馬廻其勢七千餘騎、堀久太郎ら要害東野を押へ對陣さしなり、玄, 内に鑓もあふ〓きか、丹羽甚太郎は前日手を負し故、其鑓にははつれた, 勢を卒し、濃州より到此表、今曉著陣之由、何方共なく沙汰しけれは、軍中雜, 有人曰、北國勢之内七本鑓之衆と鑓を合せしと云しも多かりしとかや、, 用、ひりけりしかは、其道に闇き者なりと散々にのゝしり、腹立して有し處, に、如案夜半の比より、四方物さはかしく成出、何共なふひそめきあへりぬ、, 是は如何樣不可然事なるへしと、家老共、勝家陣に集すゝ、玄番不引取事に, 付て、千非を悔ける處に、いまた其舌もかはかさるに、秀吉前夕夜通しに多, 勝家敗北、并毛受勝助忠死之事, ノ報勝家, ノ陣中ニ, 秀吉著陣, 傳播ス, 天正十一年四月二十一日, 一四三

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  • 天正十一年四月二十一日

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  • 一四三

注記 (21)

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